2008年12月31日水曜日

2008年(その5)

いよいよ大晦日となりました。
今日の亀岡は雪こそ降らなかったものの、氷雨交じりの寒い一日となりました。
今日は、私自身の一年を振り返ってみたいと思います。


大きな病気をしてから丸3年が経ちました。
一応の目安となる5年までは、まだしばらくありますが、今年の初めにいわゆる勤務制限がなくなり、仕事をする上での障害はなくなりました。

ところが、油断をしていたら、今年の健康診断で血糖値が若干高いことが指摘されました。
数値を見ると正常値なんのですが、今年の担当医は厳しいらしく、注意をするように釘を刺されました。実はそれ以外の別の機会にも高血糖を指摘されたこともあって注意するようになりました。

そこで、最近は帰宅の際、ひと駅分を歩くように心がけており、およそ2キロを早足(約20分)で歩いています。おかげで歩くことが苦でなくなり、時間がるときはできるだけ歩くようになりました。

それ以外に健康のことで言うと、今年の夏に思いもよらぬ虫垂炎発症という出来事もありました。こちらは結局手術をすることなく、点滴で散らして何とか納めたということで、心配の種は残っています。

しかしながら、冒頭に述べたごとくとりあえず最も心配な病気は、今のところ暴れだすことなく、うまく折り合いが取れている状態です。


仕事に関しては、さほど大きな動きがありませんでした。
しかしながら、できるだけ旧来のやり方とは違うやり方で進めていと思い、少しずつですが改めていってもらっれいるものもあります。でもまだまだ道半ばという感じです。

また、我々の仕事は、京都の産業振興に貢献するということですが、我々が想像していた以上に今回の不況は京都産業に打撃を与えています。そして、そのことに対してなんら有効な手立てが打てないわが身の無力さに歯がゆい思いをしています。

せめて、周りから元気づけてあげられればと思っています。


最後に、今年もたくさんの本を読むことができました。
数えてみたら合計292。そのうちには全8巻の「坂の上の雲」や上下巻のものがいくつか含まれているので、延べにすると300少しというところでしょうか。
今年最後の本は今読んでいます「五輪書」です。おそらく今夜じゅうに読み終わることと思います。293冊目になります。

今年も、色々な事を考えながら本を読んでいましたが、もともとは自分がこれまで勉強してこなかった「経営」ということについて、知識を深めようと読み始めたものでした。しかしながら読み進めるうちに、経営からビジネススキル一般、心理学、哲学へとどんどん対象が広がっていって、その興味は尽きることがありません。

ただ、ほんの少しわかってきたことがあって、組織・企業の経営に限らず、すべてのものには「理(ことわり)」があって、大筋ではその「理」から外れることがありません。その「理」の正体は何かというと、それはおそらくそれぞれの人が持つ「宗教心」なのではないかと思いいたりました。

戦後社会の中で我々は多くのものを見失ってました。民族が持つ宗教心もその一つで、別にキリスト教であろうと仏教、イスラム教であろうとそれは何でも構わないのですが、人としての道標となる信仰をもたない民族はおそらく、この後の世界では生きていけないのではないかと思っています。
宗教というものを捨ててしまったお隣の大国にしてもしかり。

来年は、ほんの数は今年の半分を目標にして、これまで踏み込んだことのない世界に踏み出していきたいと思っています。


私の周りにいるすべての皆さんへ、今年も大変お世話になりました。
心から感謝いたします。
そして来るべき2009年が、素晴らしい年になりますように、一緒に頑張りましょう。

どうもありがとうございました。

2008年12月30日火曜日

2008年(その4)

今日は、実家のお寺へ年末のご挨拶に行ってきました。

お寺へ行くのは盆前と年末の年2回だけ、そのお寺の和尚は私の4,5歳年かさなので昔からのなじみです。
そこのお寺は創建が1570年代で、今の本堂はおよそ300年前に建てられた物のようですが、経年の傷みがひどく、檀家に将来の建て替えに備えた積み立てをお願いしているところであるが、この不況風に大変心苦しい思いをしているというお話を伺った。

先日の話題ではないが、このようなときに行政は無力だと嘆いていたが、その和尚に宗教も無力である、というお話をされた。結局どんなに困っている人のところへ行っても、宗教は直接救済することはかなわず、自らの力を振り絞って立ち上がろうとする人を応援することが使命である。

お寺へ向かう道中、舞鶴市のかつての中心街であった真名井商店街を横切ったが、まるでゴーストタウンと化しており、人の通る姿を見かけることができなかった。私が子供の頃は年末の買い物と言えば、この商店街ですることに決まっており、狭い道路には年始飾りや野菜などを売る露天商が所狭しと店を広げ、それこそ満員電車のような賑わいであった。それがまさに様変わり。恐るべき変わりようである。

今年の年初は長かった不況もようやく底を打ち、海外の需要に支えられた企業は2008年3月期決算で空前の利益をたたき出した。それからほんの数ヶ月、今その各企業はこれまた史上空前の不況にたたられている。

今日の東京株式市場は大納会で、その終値(日経平均)は8859円、昨年の大納会が15307円だから、マイナス6448円、率にしてマイナス42%の下落は、過去最大だそうである。
各アナリストの来年の予想もおおむね厳しい予想が揃っている。(ただ、昨年の時点で、彼らの誰もが今年のこの惨状を予想できなかったわけであるから、あまり当てにはならないが。)

経済のグローバル化に伴い、不況も一気にグローバル化する。今回の場合、好調に見えた各国の景気が、実はアメリカ一国に依存していたということが、そもそもの原因である。それも明らかな土地バブルである。20年前の日本の教訓は全く生かされなかった。

今回の不況は1920年代の正解大恐慌に匹敵するとも言われている。

出口は見つかるのだろうか。
いったいどこにあるのだろうか。
誰が最初に見つけるのだろうか

2008年12月29日月曜日

2008年(その3)

今年もいろいろなことがありました。
今年の社会を振り返ってみると、驚くようなことが次々と起こり、そのうち感覚さえも麻痺していくような気がします。また、年を追うごとにスピードが増すような気がして、ほんの数ヶ月前のことさえ、遠い昔のような気がします。
これはひとえに年をとったと言うことでしょうか。

さて、今年は年初早々から毒入り餃子に始まり、お菓子にウナギなどなど偽装、だましのオンパレード。とどめは農林水産省も一役かった事故米の流通と食べ物に関する安全性がないがしろにされてしまった一年でした。

その他では、秋葉原事件に象徴される理由のわからない無差別殺人。そしてそれをおもしろがる訳のわからない奇人達。

いかにすさんだ社会とはいえ、ここまで人間の心までも寒からしめるような出来事が頻発すると、この先この国はどうなってしまうのだろうか、どうやって我々はこの国を立て直し、次の世代へ引き継いでいけばよいのかと絶望的な気持ちになってきます。

今年、「女性の品格」を書いた板東真理子さんの講演会を聞きに行ったことがありますが、その際彼女が最初に私たちにといかけた言葉というのが「私たちは次の世代に、持続可能な社会を引き継ぐことができるだろうか」という問いかけでした。

また、丹羽宇一郎さんは講演の中で「この世の中を成り立たせているもの、それは信用である」とおっしゃってました。

今年は、これら大事な言葉をどこかに忘れてしまったような一年でした。来るべき2009年は、もう一度これらの言葉を胸に刻んで精進し、我々の力で夢のある年にしなければなりません。また、そうすることを誓いたいと思います。

2008年12月28日日曜日

2008年(その2)

今日は12月28日。普段の年なら今日が仕事納めで、この後1月3日まで6日間の年末年始休暇というのが通常の年ですが、幸か不幸か土日が挟まった影響で今年末は9日間の長い休暇となります。

今年後半から吹き荒れる大嵐のため、この間の休みを返上して業務を続けている同僚もいます。こんな時、公務員という仕事をしていることについて、改めて考えることがあります。

安定した職場とか、親方日の丸とかいう人たちもいますが、ほとんどの公務員はこんな時こそ社会のために貢献したいと考えつつ、我が身の無力さを実感し、ジレンマに陥っているのではないでしょうか。
こういうときこそ発揮されるべきは政治の力では、、、と思います。

さて、今日は今年のスポーツ界を私なりに振り返ってみたいともいます。

今年のスポーツ界といえばなんといっても北京オリンピックを外すことはできません。
谷選手の3連続金メダルならず、北島選手の2大会連続2種目制覇、星野ジャパン・男子柔道の惨敗、などなど様々なシーンが思い浮かびますが、極めつけは「上野の413球」の流行語を生み出したソフトボールでしょう。次回ロンドン大会では競技が行われないことになったため、ひょっとすると最後のオリンピックになるかもしれないこの大会での見事な金メダルでした。

華やかな活躍があった一方で、ますます巧妙化し深く浸透しているドーピングの甘い罠も忘れることができません。今年もメダルの剥奪などが相次ぎ、その根の深さが窺われます。

それ以外のスポーツといえば、スキャンダルにまみれた相撲界も忘れることができません。
八百長などは、いわば必要悪としてある種黙認されてきたところですが、暴行、殺人、薬害ときてはどこの世界に話かと思ってしまいます。国内での人気は翳りがちで、有望な新弟子は海外からしか調達できなくなってしまい、各階のモラル低下は一朝一夕には改善できないように思われます。
日本の国技と呼ばれる以上、何とか昔日の輝きを取り戻してもらいたいものです。

世相が暗くなってくると、スポーツをみることでその鬱憤を晴らしたいと思う人たちが多くなります。甲子園球場のライトスタンドで歓声を上げたり、サッカー競技場のスタンドで好きなチームのカラーにペイントしたり、スター選手の活躍に自分の夢や希望を重ね合わせたり、スポーツは本当に良い物です。
たとえそれが、見るスポーツであったとしても。

2008年12月27日土曜日

2008年(その1)

2008年もあと数日を残すのみとなりました。
私の勤務先も昨日12月26日で年内の業務を終了し、9日間の年末年始休みに入りました。

思えば、このブログを書き始めたのが今年の3月。内容はふらふらとあっちへ行きこっちへ行きしながらも、何とか年末を迎えることができました。今日は今年の政治を振り返って思うところを書いてみたい思います。

思い起こせば、今年は夏に北海道で洞爺湖サミットがあった年でした。すっかり忘れておりましたが、そのときの総理大臣はまだ福田康夫氏でした。昨年の秋に急遽総理大臣に指名されてから、最後まで人を食ったようなしゃべり方しかできないことが災いして、退任会見においてまで、失態をやらかしてしまいました。

そして、その後を受けて総理大臣に指名されたのが、英語はしゃべれるけれど、日本語はからきしだめという、どうにもならないようなお坊ちゃま。歯に衣着せぬ物言いが受けてると勘違いして、暴言、呆言のオンパレード。ばかばかしくていちいち突っ込む気にもなれない。

総選挙の顔として選ばれたはずが、人気は急落するばかりで、挙げ句の果てに出てきた施策が究極の愚策、ばらまき定額給付金。国民を愚弄しているとしか思えない。

来年の秋には、現在の衆議院の任期が終わるので、それまでには必ず総選挙が実施されることになる。
しかしながら、政府自民党の今の総裁ではとてもではないが総選挙は戦えない。ほかに据える顔はないのだろうか。

とはいえ、対する民主党に政権を担えるだけの力があるのだろうか。実は私自身は、この政党に対し、かつての社会党と自民党の負の面が寄り集まったような、という印象を持っている。反対するための反対。一方では超保守的、超右翼。のっぺらぼうに見える表の顔から、様々な別の顔がうっすらと透けて見える。損アイン賞である。

政策を作る能力のない政権。国のあり方を国民に示すことができないリーダー。自分の理念・信念を貫くことのできない政治家。
この国の政治はどうなるのだろうか。
来年の総選挙では、我々にどのような選択肢を示してくれるのだろうか。
世界的な大不況が猛威をふるっている今、ゆっくりと構えている暇はない。

2008年12月26日金曜日

今朝の一枚

昨夜は久しぶりの雪になったようです。
今朝の亀岡市は、こんな感じ。

2008年12月14日日曜日

討ち入り

今日は12月14日、いわずとしれた赤穂浪士吉良邸討ち入りの日です。
とはいえ当時は旧暦ですから、まだまだあと1ヶ月ほど先なのですが、年末のこの時期でないとあの緊張感は共有できないような気がします。

ところで、この日が終わると今年もあと半月。
先日発表された今年一年を表す漢字は「変」でありました。
しかしながら、我々が感じた「変」とはいったい何であったのだろうか。

海の向こうアメリカでは「change!」を合い言葉にしたバラク・オバマ氏が次の大統領に決まりました。確かにそこには何か「変化」が感じられます。そしてそこに大きな期待も。

ところが、我々の周りではどうでしょうか。
我々が感じたのは「ナンかちょっと変!」という違和感ではないでしょうか。

次から次へと総理大臣が職を放っぽりだしたり、
町中で突然に切れだした人間が無差別に人を殺したり、
年末に突然に首を切られる労働者が後を絶たなかったり、
ナンかかなり変な感じがしています。

本来なら心が浮き立つはずの時期であるにもかかわらず、
来年からのことを思うと心楽しまない年末です。

2008年12月5日金曜日

亀岡でも、、

結構がんばってます。



亀岡駅を降りて、まっすぐ正面。
南郷公園の入り口です。
ただ、残念ながらギャラリーが、、
誰もいない。

2008年12月3日水曜日

裁判員制度

先日来話題になっております「裁判員制度」について、思うところを記したいと思います。

新聞紙上などで読む限り、通知を受けた方の多くは冷静に受け止めておられるようであるが、中には数件の苦情、或いは個人的な理由による辞退の申し出なども相次いでいるようである。とある雑誌などは(店頭広告を見ただけですが、、)「裁判員を辞退するための”言い訳”方法」などと銘打って、あたかも引き受けるのが「お人好し」であるかのような取り扱いをしている。

こういった「人を裁くこと」については、それぞれ思想信条もあるかと思うが、何故にこのような制度が設けられたのかということもじっくりと考えて欲しい。
よく知られているように、海外には「陪審員制度(特にアメリカの制度が有名ですが)」というものがあり、いわゆる「一般市民」が裁判にかかわること普通に考えている国もあります。

元々裁判というのは、時の権力者が自らが作った法令を守らせるために行われたもので、いわゆる「司法・立法・行政」の三権が同一の権限者によって行使されると言うことが当然とされておりました。そして、その後の市民革命によってようやく我々は、司法と立法の権限を行政者から剥奪することができたのです。
それぞれの権限をしかるべく代理人に権限を委譲して、執行させているというのが、我々が暮らす現代社会なのである。

ところが、いつの間にかこの三権が渾然一体となり、どう考えても不当と考えられるような司法判断が下されるケースがありませんか?そこで、法の見張り番として我々市民が直接チェックしようというのが、この裁判員制度の狙いではないでしょうか。

街頭の声を聞くと、「国の責任の放棄」「人を裁くのは嫌だ」などという意見が多いようである。
しかしながら、本当の正義を実行するために我々『市民』が立ち上がることは、決して『面倒くさい』で済ませられることではない。

2008年12月2日火曜日

ライトアップ

京都の五条通のイルミネーションといえば
ローム本社前です。


巨大なツリーの上に浮かんでいるのは
三日月とかすかに見える金星、木星です。
実物はもっと美しかった。

師走入り

昨日から12月、何かと気ぜわしい師走入りである。
のっけに飛び込んできたのが、ニューヨークでの株価の大暴落。それを受けて、東京の株式市場も一気に値を下げ、止まるところを知らない勢いである。併せてドルも急落し、国内の輸出関連企業は更に追い打ちを掛けられている。

普段なら12月といえば、いずこも「書き入れ時」で一般の消費もピークを迎えるのが当たり前であったのが、今年の場合はそうもいかないようである。
とりわけ悲惨を極めているのが、派遣労働者や期間雇用従業員などのいわゆる非正規雇用者である。今年いっぱいで解雇(言葉としては不正確ですが、敢えてこの単語を使います。)を予定している大企業が目白押しで、年末には数万人規模で失業者が巷にあふれ出ることになる。

当然のことながら来年からの仕事の見込が立っている人は本の一握りで、そうではない人たちはどうしたらよいのか迷うばかりである。とはいえ、こんな時こそ役に立たなければいけない我々にとってもなすすべがなく、無力感が増すばかりである。

国内の経済アナリストの分析を読むと、本来の価値以下の価格で売買されており、この株安は明らかに行きすぎであるそうである。おそらくこの年末が底打ちという声が強い。
今は、せめてこの分析が正しく未来を予見していると祈るばかりである。

2008年11月30日日曜日

京の年末 風物詩


今日から京都の南座では年末恒例の顔見世興行です。
顔見せが始まると12月、いよいよ師走に突入です。

2008年11月28日金曜日

天神川


今日の一枚は、河床にに立つ一羽の鷺。
場所は、京都の西部を流れる天神川。
新しくできた右京区役所のすぐそばです。

2008年11月26日水曜日

久々の見本市

今日は、大阪のインテックスで開催された見本市へ行ってきました。

会場のインテックス大阪

今日の見本市は、特許に関するもの、ロボットに関するもの、環境(特に水環境)に関するものの3本立てで、それぞれに非常におもしろい見本市であった。特に特許関連は、私の現在の仕事にも大いに関係する部分であり、およそ3時間をかけじっくり拝見することができた。

その印象を少し。
今回は農業関係のコーナーが特に設けられており、農業関係の企業や公設研究施設、大学などがブースを構えていた。その中の一つの農業関係の公設研究施設の方とお話をさせていただいたのであるが、今回の出品の目玉は、「杯」の部分が特に大きなお米!という物であった。
ご承知のとおり杯の部分というのは精米の際にとれてしまう部分で、これまではそこをできるだけ少なくして、可食部分を大きくするというのが、改良の歴史であった。ところが、日本の国民のお米の食べ方が変わってくると、このような変わった種類のお米が、新品種として生まれてくる。
お米の新品種を作るためには、およそ10年、小麦では15年かかるそうである。
10年15年先の日本の食糧事情はどうなっているのか、そして彼らはどうなっていることを想定して、今の研究を続けているのか。残念ながら、時間がなくて一番聞きたい質問ができなかった。

もう一つは、防災、特に免震装置が何件か出展されていた。
それぞれ、構造が少しずつ違っており、単純な比較はできないのであるが、いずれも施工実績が上がらないというのは同様であった。地震国である日本では、大手の建設会社が免震構造住宅を普及させようと躍起になっている。いずれ標準になっていくのであろうが、どの工法が最終的に生き残るのか、楽しみである。

今回の見本市は、中小企業の持っている特許を流通させることで、産業を活性化させていこうとするものであり、経済産業省が主催をしている。特許を取ることがすべてではないが、中小企業にとっては非常に弱い部分であり、新しい技術や製品を開発しようとしている企業の方は、知的財産の分野にも目を向けてほしいものである。

京都嵯峨野の秋

京都嵯峨野の天竜寺境内です。
真っ赤な効用目当てに早朝から、大勢の観光客でした。




嵐山から阪急の駅へ向かう途中
紅葉の下にたたずむ鷺一羽。
そして周りには、多数のアマチュアカメラマン

2008年11月21日金曜日

京都駅ビル



いよいよクリスマスシーズンです。
京都駅ビルにも巨大なツリーがお目見えしました。

駅ビルができて11年だそうです。
実は完成したときは京都にいなかったので、
よく知らないのですが、
完成してまもなく、怪獣ガメラが出現し、
この巨大な空間で暴れ回り、
破壊されてしまったそうです。

今ではこんなに立派に復元(?)しました。

鍋祭り??



先日から、職場の近くに立っています。
明後日です。どんな祭りなのでしょうか?

2008年11月20日木曜日

JR京都駅



今日は、朝から京都駅近くの会場で
セミナーを実施いたしておりました。
会場へ向かう途中で一枚。

2008年11月19日水曜日

今日は何の日

今日11月19日について、

先日書店で本を物色していて「リンカーン演説集」という本を見つけ、立ち読みをしておりました(ちなみにその後ちゃんと購入いたしましたので、念のため)。

リンカーン大統領といえば、「人民の人民による人民のために政治」という演説が有名ですが、これは南北戦争のさなかゲディスバーグ国立戦没者墓地で、戦没者追悼演説の最後の一句です。
リンカーン大統領は、奴隷解放の父と呼ばれるなど、奴隷制廃止を打ち出して大統領となった人物で、結局その奴隷解放を巡って国内を2分する南北戦争に突入します。
演説の中では、自由の為に尊い命を落とした戦士達を讃えると共に、さらなる正義の戦いに向けた決意を述べています。
そのリンカーン大統領のゲディスバーグ演説が1863年11月19日だったのです。

アメリカ合衆国至上最も尊敬される大統領と言われるリンカーン大統領がすすめた奴隷解放は、今年ついに史上初の黒人大統領の誕生となって大きく花開きました。
一方日本では、厚生労働省の事務次官OBを狙った殺人テロが世情を賑わしています。

奇しくも、リンカーン自身もこの演説の翌年大統領に再選され、更にその翌年兇弾に倒れているのは、ご存じのとおりです。

government of the people ... by the people ... for the people ...、
全文はこちらを

2008年11月18日火曜日

出町



今日は、京都御所の近くにあるインキュベーション施設内の
とある企業さんを訪問してきました。その帰りに一枚。

2008年11月17日月曜日

都会の真ん中でも



私の働く京都リサーチパークの中庭です。
意外と季節ごとに目を楽しませてくれる
植物が植えられています。

2008年11月16日日曜日

二条城

先日、久しぶりに京都の二条城へ行ってきました。

大政奉還の舞台となった二の丸御殿などは、
これまでに何度も行ったことがあり、
そのたびに、大きな歴史の舞台が
あちこちに点在する京都のすごさ
ここに住むありがたみを深く感じ入っている。

先日は初めて本丸の方へ入ることができた。
建物へは入ることができなかったが、
旧天守閣跡からみる町の風景は
なかなかの絶景であった。

写真の後方は比叡山

この建物は、本丸の敷地後に明治維新後
御所から移築された物であるらしい。
普通の城跡には絶対考えられない、
京都らしい風景である。

忍び寄る恐怖

今朝の朝日新聞の一面トップ記事は、私たちが「もしや」と危惧していたことが「やっぱり」という確信的な恐怖に変わったゾッとするような記事であった。

ここのところの金融・経済の状況を見て、大多数の企業が、2010年春の新規採用予定を2009年春の予定よりも縮小するとする計画であるという記事である。
同時に、来春の卒業予定者の最小内定取り消しをする企業もあちこちで出てきているともいわれている。
朝日新聞の記事によると、数年前の大不況時に採用を極端に絞ったため、組織の人員構造に極端なアンバランスが生じてしまった企業が多く、直ちに同じ愚を繰り返す企業はそう多くはないであろう、とのことであるが、何とか局所的、一過性のものであってほしいものである。

失われた10年に大学を卒業した人たちが、超就職氷河期と言われる時代の波に翻弄され、多くの優秀な学生が定職に就けず、非正規労働に従事せざる得なくなったことは記憶に新しい。今社会問題となっているネットカフェ難民やワーキングプア問題の現況とも考えられる。

同じ能力を持った人間が、生まれ育った時期だけの問題で、その能力を発揮するチャンスさえ与えてもらえないという現実はあまりに悲しい。

2008年11月12日水曜日

これが政治か!

ここのところ○○給付金なるものについて世間が騒いでいる。

最初に麻生総理大臣が自分で記者会見までして発表したときには、
大変申し訳ないが、絶対に何かの間違いだと思った。

ところが、その後の報道をみると、どうも本気らしい。
具体的な金額や給付方法について真剣に検討しているらしい。

無条件に喜んでいる人たちもいるようであるが、
率直に言って、どう考えてもこれは政治ではない。
麻生総理をはじめとする与党の政治家たちは、
その責任を放棄した者としか見受けられない。

幸い、直近の世論調査では過半数の人が、
給付金について評価していないそうである。

当然私も評価しない。
こんなことをしてしまう政権には何も期待できない。
即刻退場を願いたいものである。

2008年11月9日日曜日

11月9日

今日は11月9日。ドイツでは2つの大きな出来事があった日として記憶されている。

一つは東西ドイツが統一に向けて第一歩を踏み出した日、
ベルリンの壁が実質的に崩壊した日である。
当時の記録などを見ると、それはかなり突然の出来事であったらしく、
一説には当事者の些細なミスが発展してしまい取り返しがつかなくなったもの
などという噂がまことしやかにささやかれたものである。

10年前に私がベルリンで働いていた頃のオフィスは、
元壁を東側にほんの少し入ったところにあって、
毎日そのボーダーラインを越えて通勤していた。
あの頃の思い出については、また書いていきたいと思う。

もう一つの出来事は「水晶の夜」と呼ばれる、おぞましい出来事である。
第2次世界大戦の始まる直前、ドイツでユダヤ人の大迫害がおこったが、
その象徴的な出来事として語られている。

ユダヤ教の教会をシナゴーグいい、当時のドイツにも多くのシナゴーグがあった。
それらが一斉に焼き討ちにあったのが、この水晶の夜事件である。
名前は美しいが、町のあちこちでシナゴーグが焼かれ、
そこから燃え上がる炎を水晶の美しさにたとえたものである。

現在、ドイツの統一記念日は10月3日となっているが、
これは、壁崩壊の翌年、東ドイツが西ドイツに吸収される形で
形式的にもひとつの国になった日をとったものである。

本来ならば、実質的に一国になった11月9日を統一の記念日に
しようという動きもあったようであるが、それ以前の暗い記憶が
それを思いとどまらせたと聞いている。

11月9日。この日のベルリンは祝うでもなく悼むでもなく
複雑な空気が流れていたような記憶がある。

2008年11月7日金曜日

心が冷たくなったら

今朝の朝日新聞「天声人語」に面白い記事があった。
少し長いが、一部をそのまま引用すると次のとおりである。

『その「手と心」の関係について、米国から愉快なニュースが届いた。
手が温まっている人は、冷えている人に比べて、
他人に対して優しくなるそうだ。
大学の研究グループが実験結果を発表した。

たとえばホットコーヒーのカップを持った人は、
アイスの人より他人を好意的に評価する傾向が見られたという。
温湿布と冷湿布でも似た傾向が現れた。
やはり手の奥には心が控えているのか。
手のぬくもりは無意識のうちに心に結びつくらしい』

その昔、「手の温かい人は心が冷たい」と
まことしやかに言われたものであるが、
それとは全く逆の実験結果である。

私自身は、夏場も冷たい飲み物ではなく、
温かいお茶やホットコーヒーを愛飲してます。

暑さ寒さに関係なく、心が波立つときは
温かい飲み物で、手と心を温めては如何。

2008年11月6日木曜日

ジュラシックパーク

映画「ジュラシックパーク」の原作者である
マイクル・クライトンが亡くなったそうである。
66才、ここ数年はガンとの戦いであったらしい。

私の中には何人かの「ハズレのない作家」
という人がいて、そのうちの一人であった。

海外の作家と言うこともあって、翻訳者の
手腕によるところも大きいとは思うが、
奇想天外なその着想、専門的知識、スケールなど
どれをとっても非常に優れた作家であったと思う。

今後は新作にお目にかかることがないと思うと
本当に残念であるが、心から冥福をお祈りしたい。

2008年11月5日水曜日

変わるか、、、

日本時間の今日、海の向こうのアメリカでは大統領選挙が行われ、
事前の予想通りオバマ氏が勝利した。圧勝であった。

8年間の共和党政治(というよりブッシュ政治)が
嫌悪されたと言うことであろう。

実際のバトンタッチは来年の1月であるが、
それまでにどのような指導力を見せるか楽しみである。

ところで、オバマ氏は現在47歳だそうである。
私より1歳年上なのである。日本流には同級生である。
圧倒される思いである。

先日とある出版社から大統領選に関するアンケートがあり、
そのときには、誰がなっても変わらないだろう。
時刻が最優先で国際調和などと言うことは全く考えない
アメリカという国には多くは期待していないと回答した。

とはいえ、今回の金融危機を見るにつけても
やはり今の世界はアメリカ次第なのである。
向こう4年間の手腕に期待したい。

2008年11月3日月曜日

読書の秋

今日は文化の日であります。

この三連休は、特に用事もなく読書三昧にふけっております。
おかげで、硬軟取り混ぜて4冊ほどの本を読破できました。

その中でおもしろかったのが、「現代人の論語;呉智英」です。

ここのところ、月に1冊くらいは「論語」に関する本を手にしているのですが、
この本は、比較的わかりやすい文章で書かれた解説書で、読みやすい。
論語そのものの通読はとても無理、という向きには最適かと思う。

深まりゆく秋は、読書の秋と決めております。

2008年11月1日土曜日

本を読むこと

今日から11月、京都では源氏物語千年紀の式典が行われているとか。
天皇陛下が臨席されているそうで、私も昨日沿道で通り過ぎるのを見かけておりました。
京都文化博物館では匠の技の展示会も開催されます。

何はともあれ好天でよかったです。

さて、私は昨年の10月から、読んだ本の記録(といっても題名、作者、読了日とちょっと一言感想だけですが)をつけております。今年は10月末までで243作品になりました。
別のところで読書に関するブログも開いておるのですが、そこに載せる文章を書いている時間がもったいなくて、なかなか更新できておりません。

そんな中で、先日「本を読む本」という本を買って読んでみました。最近勝間さんが推薦図書に上げたおかげでブレークしているようで、書店にも山積みになっています。

これまで、あまり考えずに本を読んでいたのですが、今一度本を読む際の心構えを再認識させられたような気がします。いまでこそ巷には非常に多くの書物があふれており、お金さえ出せばいつでも簡単に手に入れることができます。アマゾンという優れもののシステムも動いております。
そういう中では、どうしても書物に対する打ち込み方が軽く薄くなってしまうような気がしてしまいます。
読んだ本を数えて喜んでいる私が言うのも変ですが、読書は量ではなく質であると改めて痛感させられます。

今年もあと2ヶ月ですが、その間で「これぞ!」と思える本を2冊発見し、皆さんにご報告したいと思います。ご期待ください。

2008年10月31日金曜日

この木何の木?


先日、京都の嵯峨野を歩いているときに見かけました。
ここに見える実はどう見ても”バナナ”なんですが、
それじゃぁこの花は、バナナの花?

誰か教えて下さい。

2008年10月29日水曜日

夜の二条城



全日空ホテルからの帰りに撮ったものです。
三脚なしに撮ったので、いまいちですが、
本物はもっと美しいです。

京都の底力



今日、京都市内の全日空ホテルで「異業種京都まつり」という、産学・異業種交流の一大イベントが開催されました。

今年で12回目となるこのイベントですが、今回は特に農商工連携の推進を大きなテーマとして開催することとなりました。おかげで、従来の機械・金属の製造・加工業のイベントとは、一風変わった祭典となりました。

入場者もおそらく過去最高となったのではないかと思います。
さらに今回の特徴としては、来場者の滞在時間が異様に長かったということが上げられると思います。
確かに今回初の出展となった、農業・食品関係の事業者の皆さんのブースは華やかで人目を引くものが多く、じっくり話を聞いてみたいと思わせるような方々ばかりでした。

たった一日限りのイベントで直ちに成果が上がるとは思えませんが、「京都」の持つ深み、ポテンシャルを改めて再認識させられるイベントでありました。

2008年10月28日火曜日

タカハシ!!

今日、マラソンの高橋尚子さんの現役引退が明らかになりました。
8年前のシドニー五輪での鮮やかな金メダル獲得から8年。
その後の2回のオリンピックには、残念ながら出場することが適いませんでしたが、あの弾むような走りは、忘れることができません。

今後はどのような道を歩まれるのか定かではありませんが、お父様が話しておられるとおり、まだ人生の折り返し点にも達していない訳ですから、次のステージでの活躍に期待したいものです。

2008年10月27日月曜日

墓参

昨日は、父を連れて久しぶりに母のお墓参りに行って参りました。
命日からは3日遅れのお参りです。

朝から小雨交じりのお天気でしたが、何とか大雨に遭うこともなくお参りすることができました。
ただし、お盆以来放ったらかしだったため、草が生い茂っており、それらをなぎ倒しながらの道行きとなりましたが、、、

実は今回の舞鶴行きでは、先頃完成した綾部わちICから京都縦貫道路を使ってみました。使ってみると、和知から安国寺までがおよそ5分!この間の国道27号線は、大きく湾曲している上に途中府道との交差点が渋滞ポイントとなっており、15分から20分の時間短縮となりました。さらに舞鶴大江を通って実家までの時間を比較すると、優に30分以上の時間短縮です。

高速道路建設については、いろいろなところで批判もされておりますが、使う身になってみると、やっぱりあった方がよいと思うのですが、、、

2008年10月25日土曜日

亀岡祭り



今日は口丹波の祇園祭と呼ばれる亀岡祭り(鍬山神社の例大祭)の本祭で、
本家の祇園祭にはちょいと及びませんが、10数基の山鉾による巡行が行われました。
今日は天気もよく、土曜日と言うこともあって沿道は多くの見物客で賑わっておりました。

この祭りは、歴史的にはかなり古いものですが、一時期は巡行することができなくなり、
数年前からようやく市内の旧城下町の巡行が復活いたしました。
しかしながら、時代の変化により以前のように簡単に巡行することもできず
様々な障害物を避けるための工夫がされております。



この写真は、そのうちの一つで、屋根のひさしをたてることで、全体の幅を狭くし
障害物を避けられるように工夫されております。

亀岡市の旧市街は、今も城下町の風情が感じられる美しい町並みが残っています。

2008年10月23日木曜日

知恵のものづくり

今日は、京都府の北部 京丹後市にこのたびオープンした
「丹後 知恵のものづくりパーク」の開所式の
お手伝いに行って参りました。

京丹後市峰山駅から南西側にある小高い丘の上にあった
日本電産峰山工場の跡を改装して設けられたものです。

オープニングには、京都府知事、京丹後市長や
日本電産の永守社長も出席されるという
非常に大規模なものでした。



セレモニー終了後には、永守社長の講演会も
セットされており、非常に中身の濃い2時間余でありました。


なかなか不景気な話が絶えない今日この頃ですが、
この施設を拠点に、今後もいっそう地域の中小企業の
皆様の役に立てるようになりたいな、と思っております。

2008年10月22日水曜日

京の名工展



本日10月22日は、時代祭の本番ですが、
中京区の京都文化博物館では、
京都府伝統産業優秀技術者作品展
~京の名工展~が開催されます。

手前味噌ではありますが、
京都の現役の伝統産業従事者の中でも
最高峰の技術を有する方々の展示会であり、
展覧会としても、最高峰のものと思っております。

会期は今週末までの5日間。
今回を見逃すと、また来年まで見られない。

2008年10月13日月曜日

奈良へ



昨日は、久しぶりに奈良へ行ってきました。
京奈和自動車道を使えば、我が家からほぼ1時間
ちょいと出かけるには、ほどよい距離です。

ところが、奈良市内へ入ると大変な車と人手。
ちょうど、奈良公園の鹿の角切りをやっているとかで、
それを目当てにきた人も多いようです。

大仏殿前では、来週に予定されているコンサート
(大仏の前で布袋が、、という例のやつです)
の準備のため櫓が組み立てられておりました。

大仏殿の中も大変な人で、お約束の柱の穴くぐりにも
100m近い行列が、、、ということで断念。

まもなく正倉院展も始まり、まさに秋本番の奈良でした。

2008年10月11日土曜日

今週を振り返って

10月の最初の週がようやく終わった。
まさにようやくという言葉がぴったりくるような一週間であった。

まず、今週は昨週末のニューヨーク発の金融市場の大混乱を受けた、2週続きの株価大暴落からスタートした。結果的に日本の市場ではこの一週間でおよそ25%の金融資産が”消滅”してしまった。誰かのところへ行ったのではなく、まさに消滅したのである。大手生保の経営破綻も1件あった。
また、米国の経済力が相対的に弱体化したことを受けて、円高も一気に進んでいる。日本のように好調であった外需に支えられた産業を主体とする国にとっては非常な大問題で、多数をしめる中小企業への影響が懸念される。
今後のことはなかなか予想がつかないが、株価については、今のままでは留まらず、もう一段下がるのではないかというのが、おおかたの見方のようで、さらに我慢が必要なようである。

一方で、2日連続で日本の科学者にノーベル賞というニュースも飛び込んでき。
いずれも、長年の苦労が報われたということであるが、前段の重々しい世相のせいか、国を挙げてのお祭り騒ぎとならないのが少々残念である。

とにかく、いろいろなことのあった1週間であるが、幸い来週の月曜日は体育の日でお休みである。3連休でゆっくり頭を休めることにしたい。

2008年10月7日火曜日

問題な部下。実は、、、

昨日読んだ「企業実務」という雑誌の中に、「問題社員を返信させる指導術」という記事を見つけた。
「説明しても話がなかなか通じない社員」への指導方法というサブタイトルがついた、1ページの短い文章であったが、非常に具体的であったので紹介したい。

最近、上司が1の指示をしたら、その意をくんで2,3と先を読んだ行動ができる部下が少なくなったと言われている。
この文章では、そこに至った分析は特に行われておらず、本当の問題解決の手法を教えるものではないが、まずは対症療法的に上司として取るべき対応が提示されている。
曰く、「一から十までを事細かに指示する」のではなく「目安として四つくらいまでを伝える」方法がベターであり、「タクシーに乗って行き先を伝える方法」を紹介している。

つまり
①最終目的地を伝える。
「○○までお願いします」
②直近の行動を指示する。
「このまままっすぐ行って下さい」
③次の指示まで伝えておく。
「三つめの信号を右に曲がって下さい」
④その後の指示は控える
「その次は後で言います」

具体例で言うと
①「○○の企画書を今週中に作って欲しい」
②「とりあえずたたき台を明日中にまとめて欲しい」
③「それを基に明後日打ち合わせをやろう」
④「打ち合わせで方向性が決まったら、後は任せる」

というような具合だそうです。

どうです、非常に具体的で分かりやすいと思いませんか。
もちろん、こんなテクニックを使ったところで、本来的な問題解決にはつながらないことは明白ですが、上司側にそんな能力が期待できない今となっては、まずは形から入ることが必要なのかも知れません。

この文章、実は「問題社員を変身させる指導術」と銘打った「問題上司の自己改革術」にほかならない。

2008年9月28日日曜日

愚か者

きょうび、本当に愚かな人というものにはなかなかお目にかかれないものであるが、久しぶりに「愚か」としか表現のしようのない人を見ることができた。

いろいろな経過があってようやく発足した麻生内閣であるが、主がニューヨークへ行っている間に、手足となる閣僚の中にとんでもないやつが一人紛れ込んでいた。

様々なメディアで報道もされているので、特に取り上げるつもりもないが、本当に愚か者というのはああいうのをいうのだろうとつくづく思う。
嘘か誠か知らないが、渋る麻生さんに森元総理が無理矢理に押し込んだ人という噂もある。
森という人もかなりな愚か者であったが、類は友を呼ぶというところであろうか。

自分が置かれて立場を全く理解できていないような人に、一国の閣僚はもとろん国政に携わるような職務はとうてい務まらないであろう。まもなく行われる総選挙では、おそらく立候補されるのであろうが、宮崎県民の皆さんはまたこんな愚か者を国会に送り出すのだろうか。

2008年9月21日日曜日

総選挙に望む

2008年9月も今日で21日となり、今年もあと3ヶ月、役所的に言うと今年度も間もなく折り返しである。毎年この時期は、新たに起こした事業の本格的な始動の時期に当たったり、或いはイベントの重なり合う時期、はたまた早くも次年度にむけて予算編成作業が始まったりと、最も忙しい時期を迎える季節でもある。

その9月に入ってからの来し方を思い返してみると、いつになく大きな出来事が頻発しているようである。

まずは何と言っても、福田首相の突然の辞任とそれに伴う、5名の候補者による自民党総裁選挙。
今回は、自民党史上初めての女性候補者が現れるなど、同時の行われる予定であった民主党の党首選挙を見事に吹き飛ばすほどの賑わいである。

ところが、世情の注目を一身に集めて一気に衆議院解散総選挙と考えていたところに思わぬ逆風となったのが、アメリカのリーマンブラザースの経営破綻に端を発した金融不安とまたもや農林水産省がしでかした汚染米・事故米を巡る大スキャンダルである。

今のところ、金融不安に対しては国際的にドルを支えていこうとする協調体制が敷かれたことから、一応の小康状態を保っている。一方で、だぶついていた投機マネーを集めて、天井知らずの上昇を続けていた原油価格がどうやら頭を打ち、一気に正常価格まで値を戻している。この投機マネーが次をどこを狙うのかということも予断を許さないところである。

農林水産省の事故米スキャンダルについては、同じ公務員として、唖然とするばかりである。「安全」特に「食の安全」というのは、近代国家にとっては最低限保証されなければいけないものであるはずであるのに、そのことに対する責任感が欠如しているとしか考えられない。先日来の大臣や事務次官の発言を聞いていると、「食の安全」を守るプロとしての認識はかけらも感じられない。

「安全である」ことと「安心できる」と言うことは全く違う。どんなことでも100%安全と言うことはあり得ない。しかしながら、その危機が発生したときに、いかに拡大を阻止し、再発を防ぐかというプロセスが明確に描かれておれば、私たちは不安を抱えることなく安心して明日を迎えることができるのである。

ところが現実は、そのプロセスが全く明らかにされておらず、また事実関係もひた隠しにされ、我々の不安は増すばかりである。
現代のような不安な時代には、いかにこのプロセスを提示できるかと言うことが政治の大きな仕事だと思う。
どうやら、10月に入ると早速総選挙が始まるようである。是非そのプロセスを論じてほしい。

2008年9月2日火曜日

デジャヴュ

去年見たのと同じような光景を再び目にすることになった。
去年は、当時の安倍首相が代表質問の直後に辞意を表明し、今年は福田首相が総合経済対策を発表した直後に辞意を表明した。

彼らにとって、日本という国の総理大臣という地位はどういう意味を持っていたのだろうか。大変な重責であると言うことは理解できるが、こういった形で放り出してもかまわないものなのだろうか?
おそらく考えに考えた結果のことなのだろうとは思うが、余りにお粗末としか言いようがない。

次の総理総裁は麻生幹事長が最有力と言われているが、そうなると3人続けて自民党内のたらい回しで総理大臣が選ばれることになる。
こんなことでよいのだろうか。私たちが意思表示できる時はいつ来るのだろうか。

2008年8月29日金曜日

夏が終わる

来週はもう9月。已然残暑は厳しいようですが、そろそろ厳しい夏は終わりです。

私にとって、夏というのはなかなか厳しい季節でして、今年も思いがけない「虫垂炎」に見舞われるなど、体調管理には十分注意しなければいけません。

といいますのは、今から4年前の夏に「口腔内腫瘍」という病気を発症し、左下あごの一部を摘出するという手術を受けており、そのときは術後の経過も良く退院したのですが、翌年の全く同時期に、再発してしまい、再手術を受ける羽目になってしまいました。

幸い、それからは順調に推移し、今年もこれで3回目の夏を無事(不完全ながら)終えることができそうです。
この病気は、概ね5年が一つの目安になっておりますので、あと2年間。
何とか無事に楽しく過ごしていきたいと思っています。

2008年8月21日木曜日

本当の国際競争力とは

今日読んだ新聞によると、2007年に4日間以上の休業を伴う労働災害に遭われた派遣労働者が5885名にも及んだそうである(うち死者が36名!)。
これは、製造業への労働者派遣が合法化される前の2004年の667名の何と9倍!
労働災害の発生件数がこの3年間でほとんど変化していないこと、派遣労働者全体の人数も1.5倍しか増えていないことをを考えると、どう考えても異常な数字としか考えられない。

戦後の日本経済は様々な規制を設けることで、外資の参入を妨害し、まれに見る発展を遂げてきた。
しかしながら、行きすぎた経済成長を喜ばない外資の圧力に負け、従来の様々な規制を緩和・撤廃することを新たな国是とし、一気にこの国の舵を切ってしまった。

もともと真っ当な経済活動というのは、対等な立場に立つ者同士の間でしか成り立たない、というのが私の考え方である。一方が他方に対して、絶対手的に有利・不利な立場に立っている場合には、正常な取引は期待できない。そういう状態にあるときには、仲裁役として公の出動の機会が発生する。

雇用者と被雇用者との関係は当にこの関係に当たる。労働団体の組織率も驚くほど低下し、本来の権利を主張できる力を削がれてしまった労働者の立場を守るべき公が、逆の方向で規制を緩和しようとしていることは、万死に値するとしかいえない。

一方で、国内の中小企業にとっては、低賃金で雇うことのできる、外国人労働者や日雇い派遣労働者が頼みの綱であるという厳しい現実もある。
しかしながら、この場合の問題は、中小企業者と労働者の間ではなく、中小企業と大企業との特別な取引関係にあると考えるべきである。

政府は、競争力の強化を錦の御旗に、(勝ち組)大企業の優遇策をどんどん推し進めてきた。しかしながら、今本当に必要なのは、中小企業と労働者の競争力の強化である。これらが回復することなしに、日本の国際競争力の回復はあり得ない。

2008年8月11日月曜日

北京に思う

アジアで3回目となるオリンピックが、中国の北京で始まりました。
残念ながら、女子柔道の谷亮子選手の3連覇はなりませんでしたが、今後の各選手の健闘に期待したいところです。
期待の女子マラソン野口選手の故障が明らかになるなど、4年に1度の晴れの舞台に向けて、改めて各選手の体調管理の難しさが忍ばれるところです。
日本の選手だけでなく、出場するすべての選手が悔いの残らないよう、ベストを尽くされることを期待します。

2008年8月6日水曜日

Hiroshima

今日は8月6日、63回目の広島原爆記念日である。

今からおよそ10年前、ドイツに住んでいたとき、周りの人たちに日本の都市で知っているところはどこか、ということを聞いて回っていた頃がある。
圧倒的に知名度が高かったのは「東京」で、「大阪」「京都」などはほとんど誰も知らないというような状況の中で、次に知名度が高かったのが「広島」でした。

共に、第2次世界大戦の敗戦国であり、「広島」というのは象徴的な意味合いを持っていたのかも知れない。よく知られているように、ドイツの首都ベルリンにある日本大使館の隣の道路には「Hiroshimastrasse 広島通」という名前もついている。

国家間の紛争解決の手段として、あのような一般殺戮兵器を使用することは、絶対に許されるものではない。しかしながら、現状では核保有国は増えこそすれ、減っていく見込は全くない。今日の日を契機に、我々自身が、少なからずの努力をし、世界中から紛争が無くすために英知を結集すべきである。

2008年8月1日金曜日

夏の病

連日、暑い日が続きますが、今週に入って連日の夕立で、少しは地球の熱も冷めたかなと期待しているところです。

そんな中、去る29日の夕方の帰宅途中から、急激にみぞおちの辺りにチクチクした激痛が走り、とてもガマンができなかったので、市販の胃薬を買って服用したのですが、全く治まらず、脂汗をたらたらと流しながら帰宅いたしました。
ところが、床に就いてからも全く痛みが退かず、治まる気配もなかったので、やむを得す深夜の救急外来へ飛び込み、診察を受けました。
そのときは血液検査くらいしかできなかったのですが、内臓に炎症が在ることが分かり、抗生物質を貰っていったん帰宅し、翌日に再度検査のため病院へ向かいました。

とりあえず精密検査ということで、血液検査とCT検査を受けたところ、結果は何と「虫垂炎」!
いやぁ驚きました。そこからは診療担当科が内科から外科に変わり、再度診察をしていただき、「あまりたいしたことないけど、手術するか?」と尋ねらました。
できるものなら手術は避けたいという希望を伝えると、それなら点滴で様子を見ようということになりました。

結局のところ、その日と翌日の2回点滴を打ってもらい、何とか炎症も治まりました。
今日には、あのときの痛みがウソのようになっております。

まさか、この年で虫垂炎になるとは思いもよりませんでしたが、結局手術せずに抑えつけたので、今後再び暴れないという保障もありません。
その後、いろいろなところで、虫垂炎の原因などを調べてみましたが、コレという決め手に欠けるようで、いずれにせよ、しっかり運動して、栄養のある消化の良いものを食べて、しっかり睡眠をとる。ということになるのでしょうか。
何はともあれ、健康には注意したいものです。

2008年7月29日火曜日

集中豪雨

昨日の近畿地方は、記録的な豪雨に襲われた。
神戸市では、4名の命が失われるなど、突然の集中豪雨としては、近年まれに見る災害となった。

京都府内でも、長岡京市や京丹後市で時間雨量70mm~80mmを記録したというから、これもまた凄い。
一般的に「バケツをひっくり返したような雨」というのは、時間雨量30mm前後と習った我々からいうと、まさに想像を絶する降雨量ということになる。
神戸市灘区の都賀川では、降り始めから10分程度で一気に水かさが1.5m上昇したというから、とてもではないが小さな子供達には、逃げ切れるものではなかったろう。心から御冥福をお祈りしたい。

近年の河川改修では、上流に降った雨を如何に素早く下流へ流すか、と言うことを命題として行ってこられたこともあり、今回のような都市型の集中豪雨では、一気に水かさが増えてしまう。
最近では、大河川の整備に当たっては遊水池を設けるなど、如何にゆっくりと水を下流へ流すかという方向に考え方がシフトしている。

とはいえ、神戸市内を流れる河川は、いずれも短い距離で急勾配を流れ落ちる河川が多く、何度も大災害を起こしている。有名な芦屋川を川下から眺めると、あたかも滝のようである。

今回のような災害を防ぐためには、その河川の状態に応じた整備を進めることも急務であるが、いざ集中豪雨に遭遇したとき、どのような行動を取らなければいけないのか。今回の災害では、そのことを学ばされた。

2008年7月21日月曜日

海の日

今日は海の日。猛暑の3連休となりました。

南北に長い京都府にもしっかり海があります。
その日本海沿岸にある舞鶴市で私は生まれました。

私にとって「海」の記憶は、今は亡い母の思い出と
オーバーラップしています。

母は、まさにその沿岸の村に生まれ、
我が家へ嫁いできました。
母と一緒に里帰りをするときは、
舞鶴の街から1時間ほど船に乗って
向かったものでした。

内海とはいえ、穏やかな日ばかりではなく、
大波に木の葉のように翻弄されながら、
やっとの事でたどり着くということもありました。
今となっては懐かしい思い出ですが、
その母の実家の祖父母も今は亡く、
母もすでにこの世にはいません。

私にとって、海というのはまさに「母」そのものなのです。

2008年7月17日木曜日

現役です



この扇風機の設置場所って分かりますか?
実は、昨日のJR嵯峨野線の車内で撮影しました。

現在では、列車の冷房化率はほぼ10割で、
この車内にも、冷房機が増設されていましたが、
この扇風機もしっかり働いておりました。

昔は、窓を開けて風を中に入れるのが当たり前で、
扇風機がついている列車も珍しかったのですが、
今では、別の意味で珍しい存在になりました。

昨日は、たまたま祇園祭の宵山で、
梅雨明け宣言も出たところで、
若干過ごしやすい夕刻の風景でした。
そして車内には、浴衣姿のお嬢さんたちも、、、



いよいよ京都も夏本番です。

2008年7月11日金曜日

夏本番

京都では、祇園祭とともに本格的な夏がやって参ります。
本来は7月1日から、一か月間も続く長い祭りですが、
クライマックスは17日の山鉾巡行です。

その巡行に向けて、山や鉾の組み立て作業が始まりました。




それぞれの保存会の収蔵庫にしまわれていた部品を
組み立てる作業で、数日間続きます。

巡行が終わるまでは、道路を一部ふさいでしまうので、
交通渋滞の原因にもなるのですが、
これも致し方ないことです。

これで、梅雨が明ければ、いよいよ夏本番です。

2008年7月10日木曜日

和泉式部

京都という町は恐ろしいところで、
ぶらぶらとその辺を油断しながら歩いていると、
ビックリするようなものを見かけることがあります。

先日は、久しぶりに映画でもと思い、
かつての映画の都新京極通を歩いていると、
なにやら怪しげな宝篋印塔お見つけました。



そこには、「歌人 和泉式部の墓」と言う文字が。
三十六歌仙の一人、現在源氏千年紀で脚光を浴びる
紫式部と同時代の女流歌人である。

私事ながら、出身地である丹後地方に
夫と共に赴任し、娘である小式部内侍が
「大江山 生野の道の遠ければ、、、」
という名歌も読んでいる。

このお墓は、新京極通りの「誠心院」というお寺の境内にあり、
新京極通にも面している。

いろいろ調べてみると、このお寺の初代住職が
和泉式部であるようで、ここ以外にも
全国各地に「和泉式部の墓」と伝えられている
ところがあるようである。

京都の町を歩くときは、油断できない。

2008年7月7日月曜日

洞爺湖

北海道の洞爺湖で先進国首脳会議が始まった。本当なら、この会議も京都市内で開催されていたはずなのに、、と言う思いで、この会議の様子を眺めている関係者も多数入るのではないかと想像している。
相変わらずお祭り騒ぎの日本国内の報道に反して、海外の見方は大変厳しい。
議長国となった日本、そしてイギリス、フランスの各首脳の支持率は喜劇とも言えるほど低く、アメリカの大統領は任期満了前の死に体、ロシアの新大統領は前大統領の傀儡ととてもではないが、それぞれのお国で指導力を期待できそうな立場にはない。
唯一の超大国となったアメリカの言うがままのグローバリズムに対抗するかのように各国で吹き荒れるナショナリズムの嵐。
各首脳がそれぞれ自国での勢力回復に向けて、エゴを主張し合う首脳国会議。
こんな会議の議長は大変だ。

2008年7月2日水曜日

落書きの代償

イタリアのフィレンツェの大聖堂に
日本人観光客の落書きが見つかったというので、
ちょっとした騒ぎになっている。

どうも、その後のいろいろな報道を見ていると
そこの聖堂の壁に名前を書くと幸福が訪れるという
いわれがあるそうで、洋の東西を問わず
様々な文字の落書き(署名)が所狭しと
書かれているそうである。

ところが、日本ではこれが大騒ぎになり、
とある高等学校の野球部監督がその職を
解かれることになった。

現地イタリアのマスコミでは、
こちらの方がニュースになったようで、
こんなことで馘首になってしまう
日本社会の厳しさを驚きながら
伝えているそうである。

何ともはや、ばかばかしい話である。
おもしろがって話を大きくし、
挙げ句の果てに人の一生を台無しにし、、、

いったいこの国はどこへ行くのだろうか。

2008年6月30日月曜日

開いてて良かった?

今朝の朝日新聞の一面では、コンビニエンスストアの営業時間規制についての全国自治体の対応状況などについての記事がトップに書かれていた。

実は私も、自宅の道を挟んだ向かい側にも24時間営業のコンビニエンスストアがあり、多大な迷惑を被っている一人である。
深夜になると、駐車場にどこからか若い連中が集まってきて、呑む、騒ぐ、傍若無人の御乱行である。
騒いだ後のゴミは、我が家の駐車場に放置されるなど、全くもって迷惑千万である。

私自身が、そんな深夜にコンビニを利用する習慣がないもので、24時間も営業する必要はないと思うのだが、世の中の人はそうではないらしい。
一番驚いたのは、コンビニが「深夜の駆け込み寺」になっているということである。ある調査によると、身の危険を覚えた方が年間1万件以上もコンビニに駆け込んで難を逃れたケースがあるようである。
おそらく、そのような防犯上の貢献というのも見逃せないのだろうとは思うが、ちょっと待って欲しい。
本来、そういった機能を担うべきは誰なのか?地域コミュニティが備えているべきものであって、それだけを錦の御旗にされても困ってしまう。

確かに24時間営業している窓口というのはとても便利だと思うのだが、我々人間というのは、どこまでコンビエンスを追求すれば気が済むのだろうか。

今からほんの20数年前、世の中にこれほど24時間営業のお店が普及していなかった頃、我々の生活にどれほどの不都合があったであろうか。
自分たちが知恵を働かせ、工夫すれば何でもなかったことが、手を伸ばせば(むしろ、手を伸ばすことすらなく)すぐに届いてしまう世の中になったせいで、その知恵を働かせることを辞めてしまった人類は、これからどうなるのだろうか。

といって、今すぐにコンビニの24時間営業を全て禁止、と言うのも現実を無視した話である。
私たちが、今のうちにもう少し知恵を働かせつつ生きていかないと、人類はきっとトンでもない終末を迎えてしまう。それも、我々愚かな日本人は真っ先に。

2008年6月22日日曜日

梅雨空に思う

梅雨入りしてからしばらくは好天が続いていたが、ここへ来て、ようやくその本領発揮。この3日ほどは、雨模様の日々となっている。
遠く九州では、大雨になったようで、犠牲者も出ているという。

以前、いわゆる土砂災害などに関わる仕事に就いていたこともあって、自然災害については、他人事とは思えず心痛むことがしばしばである。

さて、先日近畿地方の大水系である淀川の治水に関して、大きな問題が起こっている。いわゆる淀川水系流域委員会と地方建設局の対立である。

全国のダム建設計画を巡って、あちこちで大きな議論を巻き起こし、そのうちのいくつかでは無駄な公共事業の代表のように言われ、中止が決定された例もある。

そういった風潮の中で、流域委員会が淀川で進められていたダム計画飲み直しを求め、ダムに頼らない治水計画を求めたが、国土交通省が一方的にその意見を無視し、ダム計画の決行を表明したというのが、その騒ぎの全体像である。

どちらの言い分が正しいか、ことが人命に関わることだけに、その判断をすることは非常に難しい。もちろん、堤防も整備してダムも造って、とした方が国民の生活にとっては安全であることに違いはない。あるに越したことはないのである。

しかしながら、それが度を超したものであった場合、そう簡単に言い切れないのである。もちろん、そこに費用対効果の概念を持ち込むことは正しくないと思う。一人でも多くの人命が救えるのであれば、巨額の経費が掛かってもやむを得ないと言う考え方もある。であるが、やはり流域委員会の言うように、他の手法でダムと同等の効果を上げることができるのではないか。避難態勢や予防体制を充実させることで、犠牲を最小限に食い止めることができるのではないか。
さらに、ダムを建設することで失われる自然や生活は、決して再現することができない。

万が一、災害があったとき誰が責任を取るのか。と国土交通省の役人が語っていたが、彼らだって、責任が取れるはずがないのである。であるならば、200年に1度の災害に備えるような完璧な構造物を作ることに邁進するのではなく、今の生活を変えることなく、安全性をより高めるような方策を、お役人に任せるのではなく、関係するみんなで考えるべきなのではないか。

もちろん、自分たちだけでなく自分たちの次の世代のことも十分に考えつつ。。。

2008年6月21日土曜日

機種変

最近、携帯電話の機種変更をしました。
前の携帯は3年少し使っていたので、そろそろお役ご免と言ったところです。

今度の機種で初めてワンセグが見られるようになりました。

もともとテレビはほとんど見ないので、どれほど便利なのかな??
と思っておりましたが、毎日乗る電車の中を見回してみると、
結構車内で見ているんですね!!

いやぁ、驚きました。
気がつくと、みんな携帯でテレビを見たり、音楽を聴いたり、
ゲームをやったりと忙しい。

よくもあれだけの小さな箱に良くもあれだけの機能を
詰め込んだものとえらい感心してしまいました。

この後は、どこまで機能が付加されていくのでしょうか。
恐るべし、携帯電話!!

2008年6月15日日曜日

地が震える

昨日、東北地方をかなり強い地震が襲った。
先日の中国での大震災の記憶が新鮮なだけに、
被災された方々の恐怖感は、想像にあまりある。

関西に住んでいると、阪神淡路大震災の記憶が
よみがえってくるのであるが、これとて、すでに13年前。

天災は忘れた頃にやってくる。の言葉どおり、
私たちが油断をした頃を見計らうように襲ってくる。

天変地異は、地球がにすむ限りやむを得ないとしても、
それが即災害に結びつくかどうかというのは、
我々の普段からの心がけにある。
危機管理というのは、役所だけの仕事ではない。

2008年6月8日日曜日

今年の虎は

梅雨に入ったが、ここのところそれらしい雨は降っていない。
とはいえ、じめじめとした空気だけは運んでくるようで、
すっきりとしない気候が続いている。

そんな中、関西では虎が大暴れしている。
プロ野球のセントラルリーグでは、事前の予想を裏切って
阪神タイガースがぶっちぎりの首位を走っていて、
躍進が予想された東京の某球団は、すでに来季の
監督問題が取りざたされている。
10数年前までは、全く逆の立場だったのが嘘みたいである。

そのきっかけを作った星野仙一という人は
本当に凄い人であると思う。
この夏の北京でもぜひそのリーダーシップで、
JAPANにメダルを期待したい。

もう一つ大暴れしたのが、京都動物園のアムールトラ。
こちらは、飼育員に襲いかかり、その命を奪ってしまった。
何が、あったのかは良くわからないが、恐ろしいことである。
慣れていたとしても、やはり猛獣である。
ほんの少しの油断が、恐ろしい結果を招くということか。
飼育員氏の冥福をお祈りします。

2008年6月5日木曜日

現場力

京都府は早くも梅雨に入ってしまいました。
これから1ケ月もじめじめした日が続くかと思うと
まったくうんざりしてしまいます。

ところで、先日梅雨の晴れ間を縫って、
大阪まで行って参りました。

「現場力」シリーズの著書で有名な
遠藤功さんの講演会を聞くことが目的でした。

お話の内容は、これまでにいろいろなところで
発表されていたことを、うまく繋げながらのお話でしたが、
実際に生の声で聞くというのはまた違うもので、
非常に興味深く聞かせていただきました。

かねて、戦後日本が高い競争力を誇ってきた要因の一つとして、
強い現場力を持っていることを挙げておられます。
例えば、経営を構成する「ビジョン」「戦略」「オペレーション(現場)」
の3つの層のうち、「ビジョン」「戦略」(「本社力」とよんでおられました)は、
簡単にまねをすることができる。
しかしながら、現場でのオペレーションについては、
なかなかまねをすることができないし、大きな格差がある。
これが実は、日本企業の競争力の根幹である。
強い企業は、必ず強い現場を持っている。

この強い現場力を構成するのが、次の3つ
・自分が業績向上を担っているという強い当事者意識
・個人ではなく組織としての能力になっている。
・チャンピオンを目指すところまでの現場力の高まり

強い現場力を付けるために必要なことが組織の「くせ」と「しつけ」。
良い「くせ」をつけるため、しっかり「しつけ」ましょう。

明解でおもしろかったです。

2008年5月31日土曜日

私は見た!?

京都の街角では、結構いろんな人を見かけます。

実は、昨日は久しぶりの精密検査で病院へ行ってきました。
検査が終わった後、時間もあったので、近くを散策しておりました。
その途中で思い立ち、金戒光明寺(いわゆる黒谷さん)へ行ってきました。
何かの本で、この境内に幕末に京都守護職として、
都の警備当たっていた松平容保率いる会津藩士の
お墓があるというので、お参りしようと思ったのです。

境内の様子は次の機会として、ちょうどその
会津墓地にお参りして、戻ろうかとしたときに
毎日新聞社の取材の一行とすれ違いました。

一行は、カメラマン氏と女性の取材記者、
それに着流し姿の男性が一緒でして、良く見ると、
どうやら河内音頭新聞読の河内屋菊水丸さん。
これらの取り合わせで、いったい何ができるのか、
少々興味のあるところでしたが、
邪魔にならないようにと早々に退散いたしました。

しばらくは、毎日新聞をチェックしようかしら。。。

2008年5月28日水曜日

信なくんば、、、

昨年来世間を騒がせた船場吉兆がついに廃業を決めた。
次々に露呈される所業の数々は、とても名門老舗料亭に名に相応しいものではない。
私自身は、全くテレビを見ないので、詳しい様子は知らないのであるが、同社の謝罪会見というのは、史上最悪の謝罪会見といわれているようで、後学のためにも見ておくべきだったと後悔している。

私たちが暮らす現代社会は、全てが信用で成り立っている。銀行は必ず返済されるであろうということを前提に預金額以上のお金を貸し出し、経済の規模を拡大している。もちろん我々がお金を預けるのは、少なくとも預けただけのお金は預金者の都合の良いときに引き出すことができるということを前提にしている。(昔はきちんと利息を払ってくれたものだが、現在ではこの点に関しては全く信用できない。)
道路を車で走れるのもしかり。人は右、車は左を走る。赤信号では進まない。等々。数え上げればきりがない。
つまり「信用」というのは、現代の私たちの生活を支える最低限の基本的な「決まりごと」なのである。

ところが、この船場吉兆に限らず、最低限の決まりごとすら守らない悪質なプレイヤーがあまりにも目につきすぎている。ルールに照らせば、一発レッドカードで退場すべき輩である。というか本来なら、ピッチに出てきてプレイすること自体が許されない連中とも言える。

従業員の方々には大変気の毒ではあるが、今となってはあまりにも遅すぎた退場劇といわざるを得ない。
かの謝罪会見の顛末を聞くにつけ、この経営陣には企業を経営する品格があまりないも欠けていた。

今回の船場吉兆のケースは、企業経営の前提である社会の基本ルールとはなんぞやと言うこと、さらには企業の危機管理のあり方についても深く考えさせられた事件であった。
この危機管理の件については、いずれ改めて整理したい。

2008年5月27日火曜日

くしゃみ連発

先日、眠っている間の鼻炎がひどくて、寝苦しかったんので、
生まれて初めてアレルギー検査をして貰った。

以前から、皆が杉花粉で苦しんでいる際には全然大丈夫で、
だいたいゴールデンウィークあたりからグズグズし出すので、
何となく当たりを付けていたのであるが、
一度ちゃんと調べて貰おうと思いチャレンジした。

結果は、予想以上(?)で、スギ花粉には全く反応せず、
その代わり、「ハルガヤ」「カモガヤ」「オオアワガエリ」
といったイネ科の雑草、ハウスダスト、ダニとアレルゲンのオンパレード。
さすがにちょいとへこんでしまいました。

いずれにしても、何となく思っていたことがはっきりして何よりでした。
今後は、こういった物達に近づかないで過ごそうと心を新たにしたところです。

2008年5月26日月曜日

これも国際貢献?

今日の帰りの電車(嵯峨野線)での出来事である。

たまたま乗り込んだ駅で、空席を見つけ、
そこに席を占めると、向かいの席には、
一人の外国人の青年が座っていた。

一生懸命日本のガイドブックを眺めている様からすると、
明らかな旅行者とも思えるが、園部行きの電車であるから、
恐らく、亀岡当たりにすむ外国人留学生。
どこかへ旅行に行った帰り。
などと想像をたくましくしていた。

この路線にあまり慣れていないのか、
駅に着く度、駅名を何度も確認している。
そのうちに目があって、笑いかけてきたので、
笑顔を返してあげると、とても嬉しそうな反応で、
こちらも少し気分良くいつもの通り読書にふけっていた。

そのうち、亀岡駅に着いたので降りようかとすると、
その青年がおそるおそる、尋ねてきた。
曰く「この電車は名古屋へ行くか?」(もちろん英語)

一瞬、この先に名古屋とよく似た名前の駅があったかと
考えたが、彼がおもむろに取り出した切符は新幹線のぞみの指定席券。
どうやら、京都駅の出発時刻が全く同じだったので、乗り間違えたようだ。

慌てて、亀岡駅で一緒に降りて駅員さんに助けを求めようとすると、
向かいのホームにはちょうど京都行き普通列車が停車中。

彼にその列車で京都駅へ戻り、新幹線ホームへ向かうよう案内したところ、
彼はそこからさらに飛騨高山まで行く切符を持っていた。
残念ながら、高山行きはとても間に合わないので、
とりあえず名古屋へ向かうということに落ち着いた。

今度は、その旨を停車中の京都行きの車掌さんに説明し、
何とか助けてほしいとお願いした。

その車掌さん(女性でした)は、快く引き受けてくれて
おまけに京都駅では新幹線ホームまで案内しようと申し出てくれた。
彼にそのことを伝えると、大変感謝して喜んでくれた。

以前にも書いたことがあるが、日本という国は
外国人が旅をするのに非常な困難を伴う国である。
新幹線と嵯峨野線のローカル電車を間違えるなんて!!
と顔を顰めるむきもあろうかと思うが、
そんなことは普通に起こりうると思った方がよい。
これだけの案内で充分と思うのは、事情を知っている
我々の側の発想である。

どんな人にも優しい、過ごしやすい
そんな街にならなければいけない。

わずか5分間ほどの出来事であったが、
いろいろなことを考えるキッカケになる出来事であった。

ところで彼は無事名古屋へ着くことができただろうか。
そして今夜の宿はうまく手配できただろうか。

大相撲夏場所に思う

昨日、大相撲の夏場所が終わり、
ブルガリア出身の琴欧洲が、
欧州出身力士として初優勝を果たした。

大関での優勝であるので、
来場所には横綱の期待もかかるが、
現在のところ、曲がりなりにも2横綱が健在なので、
よほどの好成績でないと難しいだろうというのが
もっぱらの噂である。

同じ記事中あった最近何代かの横綱の昇進前の
成績を眺めていて少し驚いた。

平成になってすでに20年であるが、
平成以後に横綱になったのはわずかに7名。
うち4名が外国人で、日本人横綱は
「お兄ちゃん」こと若乃花(3代目)が最後なのである。
(平成10年7月)

そういえば最近は、八百長報道や不透明経営
果ては、某相撲部屋での傷害致死事件やリンチなど、
大相撲に対する社会のイメージはすこぶる悪い。

高校進学率の上昇と相まって、新弟子を集めるのに
大変な苦労をされているとも聞く。

事ここに至っても、大元である相撲協会の動きは鈍い。
ここまで、社会の評価を落としているのだから、
もっと危機感を持って経営に当たって欲しいものである。

いずれにしても、力士出身者のみによる
閉鎖的な経営体質を改めることから始めるべきである。
「国技」と呼ばれる以上は、いや呼んで欲しいのなら、
国民からの支持が欠かせない。

2008年5月25日日曜日

仕事で一皮剥ける

最近、「企業で働く人たちのやりがい」などといった、経営学の中の心理学的な部門を研究されている方の著書を読むことが多い。
そんな中で、特に中間層のマネジメント達が、「一皮むけた!」と感じた瞬間はどんなときか。と言うことを丹念なインタビューから分類した著書を読んだことがある。

そこに現れている端緒となった出来事はいくつかのパターンに分けられている。
特に仕事上では、「重要な仕事を任せられ、やり終えた」「特別なシームに抜擢された」「初めて部下を持った」などというケースが多かったようである。

はてさて、自分はどうであったろうか?と言うのが今日のテーマである。
私が今の組織に入って、24年目になる。そのうちの前半生は、あまり関連性のない分野の仕事を転々としてきたが、後半生はずっと、いわゆる産業政策の部門で仕事をしてきた。
その間、いろいろなことがあったが、今現在の時点で振り返ってみて、転機となった事実を上げるとすると、何といっても海外への赴任と言うことがあげられる。

地方自治体の職員であるので、海外の勤務先というのは基本的にはあり得ないのであるが、かつては府内の中小企業の海外展開を支援するためという名目で、ドイツに駐在員事務所を置いており、その駐在員として派遣されることになったのである。
そのときのことは、追々思い出しながら書いていきたいと思うが、今日はキャリア上の転機となった事実と言うことなので、その関係で筆を進めたい。

とはいえ、ここで転機となった事実というのは、海外赴任をしたと言うことではなくて、実はその際に初めて部下をもつことになって、さらにその部下がドイツ人であったということなのである。

その方はドイツ人とはいえ、私のドイツ語より遙かに上手な日本語を操ってくれたので、日常のコミュニケーションに不自由したということはなかったが、そこはやはり論理的なお国柄ですから、指示をする際には、具体的かつ論理的にその内容を説明する必要があった。
日本のように「とりあえず、これやっといて!!」というようなことは通じないのである。
最初は大変苦労したものであるが、だんだん慣れてくると、そうやって彼女に論理的かつ具体的に説明することによって、自分にとってもその仕事の中身を再吟味することができ、非常に自分に取っての訓練になった。

こちらへ帰ってからも、部下に対して何かの指示をする際には、その時代のことが体に染みついているせいか、できるだけ具体的に論理的に説明しようとしている自分に気がつくことがある。(徐々に忘れかけてきていることもあって、ドキッとすることもありますが、、、)

初めて部下を持ったとき、さらにその部下が外国人であって、それまでの常識が通用しなかったとき。
私のキャリアの中で、最大のエポックメイキングな出来事でした。

2008年5月23日金曜日

見上げてご覧



この写真、どこか分かります?
あるところの天井の写真です。

正解は、JR二条駅。
卵の殻をかぶせたような
あの駅舎の天井です。

ご覧頂いたら分かるとおり、
木材が使われております。
実は、あれって木造だったのです!!

皆さん知ってました?
結構京都らしいでしょ。。。

2008年5月21日水曜日

神泉苑

京都の街の真ん中に、平安京の名残を残すスポットがあるのをご存じでしょうか。
JR二条駅から東へ数百メートルにある「神泉苑」がそれである。

平安京時代の神泉苑は、
南北400メートル、東西200メートルの巨大な禁苑であったようであるが、
現在のそれは、こぢんまりした真言宗の寺院となっております。


ところがなぜか、その入り口には巨大な鳥居が!!

境内の庭園には、自由に入ることができて
桜やツツジなどの季節に、ふらりと立ち寄ることにしています。

さらに、境内には、日本唯一の
恵方(節分で巻きずしを丸かじりするときのあれ)社があり、
毎年祠の方向が変わるというおもしろい神様が鎮座されております。

二条城散策の折には、ぜひお立ち寄りを。

公務員制度改革に思う

公務員制度の改革が議論の俎上に上って久しい。
国民の意識やニーズがつかみきれない時代に、
今の公務員(というか行政そのものの)制度は、
期待される機能を発揮できていない。

自分も、木っ端役人の端くれなので、
いくつかの指摘は胸にグサリと突き刺さるものがある。
特に最近の不祥事報道については、
同じ身分の者として恥ずかしいと思う一方で、
昔に比べて、だいぶましになったのではないかとも思う。
もっとも、その時代の幻影を抱いている
困ったオジさん管理職もまま見受けられる。

こういった議論の際にいつも違和感を持つことがある。
それじゃぁ、こんな制度を作った責任者は一体誰なんだろう。
これらを変えることができるのは誰なんだろう。
ということである。

日本の統治制度は、規模の大小にかかわらず、
行政機関と立法機関(国においては司法機関)が
互いにチェックし合う仕組みになっていて、
その権限はすべて国民に由来している。

つまり、国民自身が自らの統治義務の代行者として
議員であり、役人に委ねていることになるのである。

国民の皆さんが、「あいつらは本当に俺たちのために働いているのか!?」
という疑問や不満を抱いているのであれば、
自らがそれを変えるべく知恵を出す必要があるのではないだろうか。

決して、自己改革を否定し、他人に責任を押しつけよう
と思っているわけではない。
むしろ、本当に自己改革に任せて大丈夫?
それほど信用して良いのか?
と言うことを問いたい。

今の議員や公務員に自己改革を期待して、本当に平気ですか?

2008年5月20日火曜日

福田さんどうする?

福田首相の支持率が、低下の一途をたどっている。
亡父である福田赳夫氏は、嫌いな政治家ではなかったので、
個人的には、非常に複雑な心持ちがしている。

支持率が上がらない原因は、いくつかあると思うが、
私は、あの話し方に大きな原因があるのではないかと思っている。
いかにも、相手を小馬鹿にしたような、あの話し方である。

想像するに、いわゆるぶら下がり取材というあのスタイル。
ある新聞社によると、首相番は政治部の新米記者が努め、
より突っ込んだ取材が必要な官房長官付けには
ベテラン記者を充てるのが慣わしだそうだ。

ということは、福田さんは若造達を相手に話をしている訳だ。
少し油断をすると、ああいうしゃべり方になってしまうのは
ある意味仕方がないのかも知れない。

道理で、歴代首相達は、つい口を滑らしてしまうと言う愚を
何度も繰り返ししてしまうわけである。

その点、したたかだったのは小泉さんである。
彼は、聞かれた質問に対して、決して質問者に答えることをしなかった。
常に、その向こうにいる国民に対して答えるというスタイルを堅持した。
多少トンチンカンな受け答えになったとしても、
彼にとっては、それが唯一の正解であったわけである。

党内に基盤を持たない小泉さんならではの手法といえようか。
今後すぐに、福田さんがそのスタイルを変えることはできないだろう。
すでに、明らかな「死に体内閣」である。

今日の読売新聞では、支持率回復のためには
税体系の抜本改革、消費者本位の消費者庁設置、温暖化対策など
これらのテーマの具体的政策を迅速に実行していくしかない。
と結んでいるが、今の支持率でそのような政策を打ち出すことができるのか。

残念ながら、人が全く見あたらない状態ではあるが、
福田さんの残された仕事は、次の人に上手く引き継ぐこと。
それしか残っていないのではないか。

亡福田赳夫のファンとしては、ついそう思ってしまう。

2008年5月19日月曜日

御金神社


京都に、「御金神社」という分かりやすい名前の神社があるのをご存じでしょうか。(ただしこの場合”おかね”ではなく”みかね”と読んで下さい。)

場所は、御池通から西洞院通を少し上がったところにひっそりと、しかし燦然と鎮座しておられます。

御祭神は、イザナギ、イザナミが最初に誕生させた神様達の一人「金山毘古神」、いわゆる金物の神様です。
従って、この神社は「お金」ではなく「金属全般」の神様なのです。

古くは、鏡、剣、刀、鋤、鍬などの農機具の神様であったようですが、最近では、金・銀・銅のほか通貨の神様、あるいは資産運用の神様とされているようで、神社に奉納されている絵馬には、宝くじ当選祈願や、商売繁盛などを願う者が多く、思わずにやりとしてしまいます。

この神社の特徴は、実は、この絵馬にあります。
神社の西奥には、樹齢200年と言われる銀杏の巨木にあやかってか、銀杏の葉の形をしているのです。


あまりメジャーではない神社ですが、国内唯一の金神様だそうです。
ぜひともお参りを。

外国人労働者について

今日付の日本経済新聞の社説で、
外国人労働者問題を取り上げていた。

人口減少社会に向かうことが確実となった日本では、
将来の労働力不足への対策は、緊急の課題である。
常識的に考えて、対策は労働生産性を上げるか、
労働力を新たに確保するしかない。

かつてのドイツでは、外国(特にトルコ)から多数の労働者を受け入れ
ベルリンのように、人口の1割以上をトルコ人が占めている
(その数40万人とも言われた。)という都市も存在する。

現在、日本で特に労働力不足が際立ってきているのが、
介護、看護、農業、林業、機械加工業などで、
いわゆる3K職場であることが共通している。

ところが、実際の労働現場と経営者サイドの
思惑はかなり違うようで、介護、看護など
緊急性の高い分野より、農業、林業、加工業など
単純労働部門での受け入れ議論が先行しているようである。

特に、これらは日本の国際競争力が劣る分野で、
安い労働力を使いたいという経営者側の
勝手な理屈があからさまに見えるようで、
あまり気持ちの良いものではない。

先ほど挙げたベルリンなどでは、
トルコ人が集中して居住する地域ができ、
治安の上でも多くの問題が発生したほか、
職場を奪われた(様に勘違いした)人々による
外国人排斥運(暴)動を引き起こした。

とはいえ、いずれ海外から労働者を受け入れていくことは、
やむを得ないことと考えざるを得ないのではないか。
特に、労働力の需要と供給がマッチしていない
職場にあっては、それ以外に取る道はない。

しかしながら、そのためには取り組むべきことが
いくつかある。

まずは、労働法令の遵守。
当然のことであるが、関連法規を守ることは、
雇用者として当然のことである。
現在のような、人身売買まがいのあっせんや、
最低賃金すら払わない、監禁状態で働かせるなど
言語道断である。

次に重要なことが、生活環境の整備である。
子供の教育問題、買い物から病院まで、
ありとあらゆる分野で、日本語の通じない人々が
生活する上で不自由を感じないような社会基盤を
整えておかなければいけない。

そして、最も大事なことは、我々の意識改革である。
外国人に対する偏見や差別の芽を如何になくすか。
実は、これが最も難しい最大の障壁ではないだろうか。

2008年5月16日金曜日

大人の品格

今日は、板東真理子さんの講演会を聞きに行ってきました。
タイトルは、「大人の品格」。

「品格」と言う言葉は、流行語のようになってしまいましたが、
その代表格のおひとりです。
講演の中で、記憶に残った言葉をいくつか、、

今の日本人は、持続可能な社会を築いてきただろうか。
次世代の人たちに、手本となる大人の姿を見せてこなかった。
今の若い人たちは、「大人になる」と言うことがイメージできない。

大人としての立ち居振る舞いを身につけなければいけない。
匿名の世界に紛れて行動しているものが多い。
人に見られていると言う緊張感が必要。
当たり前のことが当たり前にできる。

思いやりは形にしないと伝わらない。
毎日10回は「ありがとう」と言葉にしている。
愛してほしいではなく、愛することが大事。

今の若い人はアピールしなければならないというプレッシャーの中で生きている。
理解し合えない人とはつきあえない。
特定のカテゴリーの人としか話ができない。

人間というのは理解し合えないのが当たり前。
だから意識して、相手の良いところを見つけなければいけない。
得意分野をほめてあげること。
ほめてあげて、人は伸びる。

大人というのは、力を持った存在である。
力とは経験によって得た判断力や忍耐力。
大人とは、力を持って社会を良くする意欲を持った人。
大人とは、自分以外の誰かの役に立とうとする人。

「品格」の必要条件は「悪いことをしないこと」「嘘をつかないこと」。
そこに+α、人間としての魅力が必要。「思いやり」「美しい言葉」
自らに厳しく、不完全な人を引き上げる力を持った人
ユーモアや心の広さ、ふところの深さを備えた人

時間をかけて自分を磨く、それが大人になること。
そのことを次の世代に見せていかなければいけない。
それが「持続可能社会」である。


当日は、サプライズゲストとして、
京都市の門川市長が聴講しておられるなど、
多数の聴衆がお見えでした。
さすがに女性が多かったですが。

最後の質疑応答で、氏の日課を紹介しておられた。、
1日3通の手紙を書くこと
1日3本の電話をかけること
1日30分英語を読むこと

後ろの席から、「そんなことできへんわ!」
というおばさんの声が聞こえましたが、
どれか一つでも、やってみようと思ってしまいました。

2008年5月12日月曜日

なぜ、外国人観光客は日本に来ないのか

先日、おもしろいレポートを読んだので紹介したい。

日本は、世界でも屈指の観光赤字国で、
日本人の海外での消費額から外国人の国内消費額を
差し引いた観光収支は290億ドルの赤字となるそうである。

これは以前から日本にとっての大きな課題となっており、
「Visit Japan Campaign」と銘打って、
国を挙げて様々な事業に取り組んだ結果、
ここ数年は外国人観光客が増加の傾向を示している。

しかしながら、このレポートでは、
いつか頭打ちになるときがくると警鐘を鳴らしている。

なぜ、外国人観光客が日本へ来ないのか。

単純明快な理由として、
「海外の成熟した観光客のタイプにふさわしい
観光サービスが今の日本にないから」と指摘する。

まさに至言であり、従来型の「温泉」「史跡」
「テーマパーク」と言った観光資源には、彼らは興味を抱かない。
それに気づかず、従来型のマーケティングを繰り返しても、
先細りをするばかりである。

成熟した観光客が抱く興味の対象は何か。
実は、それは日本人と全く同じなのである。
我々が旅行に行って、一体何を求めるか。
それに気づけば答えは自ずと見えてくる。

2008年5月11日日曜日

母の日に

今日は、5月の第2日曜日と言うわけで、母の日です。
我が家の娘達も、カーネーションとプレゼントを
準備しておりました。(お金の出所はもちろん私です)

カーネーションという花は1年間でどれくらい売れるのか知りませんが
おそらくは、ほとんどが今日の日のために、買われるのではないでしょうか。
店頭では、今日まで!!と言うことで、前日までの半額で販売されていました。

ところで、話は変わりますが、昨年の秋から読んだ本の記録をつけております。
今年も、4月が終わった時点で101冊を数え、今月もすでに13冊を読了しました。

特に、今月は連休があったおかげで、たっぷりと読むことができました。
読んでいる本は、経営、歴史、自己啓発ものと多岐に渡りますが、
図書館を良く利用するため、新刊本というのは比較的少な目です。

おいおい、「どくしょかんそうぶん」も充実させていきますので
乞うご期待を。

2008年5月7日水曜日

国際化とは

Hu Jintao and Yasuo Fukuda make friends
これは、とあるインターネット上の英国系ニュースサイトのヘッドラインです。
中国の胡錦涛主席と日本の福田康夫首相が仲良くなった、
という何でもないニュースです。

実は、以前から気になっているのですが、
どうして「胡錦涛」は「Hu Jintao」なのに
「福田康夫」は「Yasuo Fukuda」なんでしょうか?
これって、どこか変だと思いませんか?

ご存じのとおり、中国、韓国、日本などは、
「姓・名」の順になっており、英米などとは逆になっています。
ところが、海外メディア等が両者を呼ぶとき
中国、韓国なら「姓・名」の順で標記するのに、
日本だと「名・姓」になるのはなぜでしょうか?

国際化というのは、お互いの文化を認め合うことです。
自国の文化を理解し、それを正しく相互に理解し合わないところに
真の国際化は存在しません。

2008年4月28日月曜日

消えゆく空港

ドイツのベルリンで先日実施された住民投票の結果、
市内中心部にあるテンペルホフ空港の今年10月閉鎖が決まったそうです。

この空港は、ベルリンにある3つの空港のうちもっと古いもので、
第三帝国様式の外観は、威厳と存在感にあふれるもので、
第2次大戦後のベルリン封鎖の際には、物資の輸送基地として
大活躍し、1年もの間、西ベルリン市民の生活を支えました。

当時最も大量に運ばれた物は、食料や飲料ではなく
石炭で、数分間おきに運ばれてきたそうです。
また、飛行機をいったん着陸させると燃料がたくさん要るので、
高度を下げて、滑走路に落下させていくという荒っぽい
方法がとられたとも聞いています。

この空港は、非常にこぢんまりとしているので、
空港玄関から搭乗口まで数分でたどり着けるという便利さで
何度も利用したものです。
もっとも、滑走路が短かったので、プロペラ機しか使用できず、
ジェット時代に取り残されてしまっており、
近年は寂しいかぎりであったという報道です。

おそらく、何らかの形で残されるとは思うのですが、
また一つ時代の生き証人が消えていきます。

2008年4月26日土曜日

ドイツの桜

桜で思い出しました。

海外にも桜ってあるのでしょうか。。。
ご存じのとおり、ソメイヨシノは実がならないので、
もともと1本の木から挿し木で増やされてきたそうなので、
誰かが、持ち込まない限りあり得ませんが、
もともと、サクランボは海外にもありますので、
桜によく似た木はあるようです。

ドイツでも、様子は同じで、郊外へ行くと
広大なサクランボ畑があって、花の時期には
美しい桜(モドキ)が満開になります。

多くの農園では、この時期農園を開放して
花の下にテーブルを出し、行楽客を迎えてくれます。

私も、良く車を走らせては、そこで美味しい
コーヒーなどを頂いたものです。

外国人には、我々日本人が桜に対して持つ独特の感情
というのは理解できないと思いますが、
本物のソメイヨシノを見たら、少しは理解して
もらえるのではないかなと思います。

桜の葉

花びらが散った後の桜がとても冷たくされるように、、、
と歌ったのは誰だったでしょうか。

あれほど、満開を誇った桜も、あっという間に
散ってしまい、その後には、緑の美しい葉が
木を覆っています。

実は、私はこのときの桜が一番お気に入りです。
新緑の影に立ち、太陽を見上げたときの木漏れ陽は、
最高に美しく感じられます。

ちょうどこの時期の桜の葉を摘んで、来春の桜餅のために
美しい色を保ったまま、塩漬けにしておくとか。
全国で使用する葉っぱのほとんどを伊豆地方で作っている
という話を聞いたことがあります。
本当でしょうか。

ほんのりとした塩味と、餡の甘みを楽しむためにも
桜餅は是非とも葉っぱごと食べてください。

2008年4月19日土曜日

人の話を聞くと言うこと

今週は、無理を言ってあちこちのセミナー、講演会へ
足繁く通った一週間でした。

16日、17日は大阪へ、18日は同志社大学へと
あちこち、アンテナを張り巡らしては、探し出してきました。

その中で、18日の同志社大学であったものは、
CSRに関するパネルディスカッションと、
伊藤忠商事の宇沢会長による講演会の二本立てで、
先日、宇沢氏の著書に感動した私としては、
大変楽しみにしていた講演会でした。

予定された時間は1時間と短いものでしたが、
含蓄のある素晴らしいものでした。

メインテーマがこれからの日本経済でありましたので、
結びに、今後日本が取組べきものを上げられましたが
その中で、今日本で働く人のほとんどが中小企業で働いている。
ところが、その人達の所得は年を追うごとに下がってきている。
一方で、大企業の従業員の所得は上昇してきている。

これらはまさにグローバル経済の光と影である。

日本経済の再生はこれら中小企業の再生無くしてありえない。
そして、それは官だけの仕事ではない。
官にはとても任せておけない。
官民上げて取組課題である。

私の仕事柄、非常の得るところの多い講演でした。

人の話を聞くと言うことは、とにかく楽しい。

2008年4月14日月曜日

健康について

今日は、2ヶ月に1度の定期検診日です。
今から4年前に大病をして以来、欠かせぬ行事となりました。

実はこの間、決して平穏に過ぎたのではなく、
その1年後に再発し、再度、入院手術という波瀾万丈の時期がありました。

結局のところ、その年の大文字の送り火は病院の窓から見ることになり、
全く同じ時期に、手術を受けるという憂き目にあいました。

ちょうど、それまでとは職場でのポジションも変わり、
ストレスがたまりやすい状態であったのかも知れませんが、
健康には自信があっただけに、大変なショックを受けたものでした。

幸いにして、職場の上司や同僚にも恵まれて、大変な迷惑はかけましたが
何とか、生きながらえているところです。

何はともあれ、今日も何事もなく終わり、ホッと一息ついているところです。
本当に、健康であると言うことはありがたいことです。

2008年4月13日日曜日

働くということ

大学を出て、今の仕事に就いてから丸23年が過ぎ、24年目に入っています。
23年前というと、時代は昭和の終盤。
お荷物と言われた阪神タイガースが21年ぶりに優勝して、
関西一円が大いに湧いた年でした。
さらには、NTT株が大ブームになるなど、バブルの全盛期。

あれからこんなに時が経って、知らぬ間に定年退職までの期間の方が
遙かに短くなっていました。

最近、少し時間があることもあって、「働く」ということについて
いろいろと考えることがあります。

働くことの意味、、、
入社したころは何となく、家族ができてからは生活のため、
そして、残り時間が見えてきた最近は、、、
いわゆる自己実現のために働いているのかな、
と思うようになってきました。

もちろん、公務サービス業に従事している以上、
世の中のために働くということは当然なのですが、
その一方で、10数年後に定年退職を迎えた後の人生の過ごし方を
しっかりと見据えた上で、働いていきたいと考えています。

具体的にはまだ見えていませんが、
時間をかけてもう一度勉強してみたいこともあり、
その結果を、今までお世話になった人たちへ恩返ししていけるような
そんな、人生を送りたいと考えています。

そうやって、目標が見えてくれば、
働くと言うことも、結構楽しい。

2008年4月11日金曜日

注意

今、通勤途上で読んでいるのが、
丹羽宇一郎さんの「人は仕事で磨かれる」です。

元、伊藤忠商事の社長さんで、これまでの経験談などを
中心に書かれており、とてもおもしろく読んでいます。

今日読んだところには、現場主義のことが書かれていました。
とにかく、現地現場に足を運んで確認すること。

「犬が人を咬んでもニュースにはならないけど、
人が犬を咬んだらニュースになる。」
新聞などで接するニュースは、基本的に後者のケース。
本当は、どうなのか。それは現地現場に行かないとわからない。
また、どんな物も注意しながら見ていないと、大事なことは解らない。

まだ、読み切っていませんが、とてもおもしろい。

2008年4月8日火曜日

嵯峨野線

先日から、嵯峨野線の花園~太秦間の高架工事が終わり
これまでより少し高いところを走っています。
おかげで、これまでとは違った景色が見られて楽しいです。

特に、おすすめは東映太秦映画村です。

以前は、何棟もあるスタジオの横を通り過ぎるだけでしたが、
少し高くなったおかげで、村の内部を少し覗くことができます。
丁度今は、満開の桜を見ることができて、非常に良いです。

春の嵯峨野線にいらっしゃいませ!!

2008年4月4日金曜日

新入

春は新入社員さんの季節です。
朝の電車でも、新しい顔ぶれが増えてきます。
これまで、何となく決まっていた席の顔ぶれも、
このときに一気に再編されておもしろいです。

みんな最初は、少し余裕を持って早めの電車に乗るのですが、
いつの間にか時間管理に余裕ができて、少し遅めの電車に
切り替えていく人も結構いるようです。

来週のからは、学校も始まります。
そのときに再びちいさな混乱が起こり、
そして、いつも間にか新秩序が生まれていきます。

みなさん、向こう一年どうぞよろしく。

2008年4月1日火曜日

待ち遠しい季節

4月になって、本当に暖かくなってきました。
これで、桜が咲き始めると春が一気に日本列島を駆け上っていくような気がします。
世界的に見ても、日本という国は四季を通じて極端な変動がなく、比較的穏やかに推移していきます。特に春は、桜という象徴的な花が彩る美しく、過ごしやすい季節となっています。

ところで、他の先進諸国はと言うと、意外とそうではありません。例えば以前私が住んだことがあるドイツは、日本で謂うと北海道のさらに北に位置することから、冬はかなり厳しい寒さに襲われます。雪は少ないのですが、気温は釧路辺りとほぼ同じくらいでした。
緯度が高いとそれだけ昼間の時間が短く、夕方の4時を過ぎると本当に真っ暗になってしまいます。ドイツの人にとって、暗くて寒い冬の時期は本当に鬱陶しいものです。冬場には、鬱病の発病率や自殺率が上がるという噂も本当らしく聞こえます。

そんな厳しい冬を越えた後に迎える春というものが、どれほど素晴らしいものか!
当然の事ながら、ドイツも北半球の国ですから冬至が一年で最も昼が短く、それから夏至に向けて、一日一日と昼の部分が長くなり、日の入りが徐々に遅くなってきます。
そして、ある日を境に一気に日没時刻が1時間遅くなります。
そう、サマータイムへの切り替えが始まるのです。

ドイツでは、3月の最終日曜から10月の最終日曜までの間が夏時間とされています。昼間の時間が長くなることで、まさに春を実感するのです。
それ以外にも、丁度この時期にキリスト教の祝祭日である復活祭があって、暗黒の冬からの復活を祝っているようにも感じられます。

ドイツの春は短いですが、とても感動的な季節でもあります。

2008年3月29日土曜日

卒業

春は、出会いと別れのシーズン。
4月からの新しい職場や学校に対する不安と期待が入り混じった瞬間は、何度経験しても良いものです。
年を取ってくると、転職でもしない限りそう言った経験をすることができなくなり、若干つまらなく思ったりもします。

それでも、今から10年近くまでになりますが、縁があって全く違う組織に、出向のような形で3年間の修行に行ったことがあり、そのときの記憶は結構鮮烈に残っています。その場所へ向かうときは不安だらけでしたが、逆にそこを離れるときの気分の切ないこと!!

3年間もその組織で過ごすと、とても多くの人との出会いがあり、また、そこでの仕事もかなり楽しいものであったりします。

しかしながら、宮仕えの身の悲しさ、時が来れば元の組織への帰還命令がやってきます。 ことの性格上、決して再びそこへ赴くことが許されていないため、立ち去りがたい思いはひとしおです。結局のところ、そのような心の葛藤も空しく、翌日からは以前同様、つまらない仕事が待っている所へ帰ってきました。

でも不思議なもんですね、次に行った職場が自分にとっても合っていました。 これ以上はないと思っていた3年間とは、全く違う多くの人と出会うことができましたし、違う生き甲斐を見つけることができました。

人生とは不思議なもの。決して立ち直れないと思うほどの別れがあるかと思うと、それは未知の世界、新たな出会いへの入り口なのです。

頑張れ!!

2008年3月27日木曜日

怖いですねぇ

先日、岡山県で駅のホームから突き落とされるという事件がありました。
私も毎日電車で通勤していますが、トンでもなく恐ろしい事件です。

加害者にも、それなりに辛い事情があったようですが、
それを見ず知らずの誰かにぶつけてしまうのは、まさにお門違いです。
被害者のお父さんは、できるだけ早い更正を願っておられましたが、同感です。

今のところ、ホームに立って恐怖を感じることはありませんが、
こんな怖い事件が続かないことを祈りたいです。

2008年3月26日水曜日

桜咲く?

皆さん、桜は咲きましたか?
なかなか、人生は思うようにはいかないものです。
来春に捲土重来を賭けるも良し。
達観して諦めるも良し。

でも、本物の桜は咲き始めました。
日当たりの良いところでは、溢れんばかりですね。

                    オフィスの近くでもこのとおり。

2008年3月24日月曜日

2012年

最近、とある中小企業の経営者の方にいろいろなお話を伺う機会がありました。
その中で、私からいわゆる「2007年問題」について伺ったところ、
それよりも「2012年問題」の方が深刻、というお話を頂きました。

世間一般の中小企業の経営者の方というのは、大体65歳くらいを
引退の時期と考えていらっしゃるそうで、引退した後の事業継承が
今後の大きな課題になると仰っておられました。

最近では、経済産業省も中小企業の事業継承に向けて、様々な施策を
打ち出していますが、どこまで効果が見込めるのでしょうか。
最近では、こういった状況に目を付けたアジアの新興国が、
技術力に優れた地方の中小企業を買収しているそうです。

我々が気の付かないところで、空洞化が進んでいるのです。

2008年3月23日日曜日

ポスト?


昨日は、天気も良かったので舞鶴まで墓参りに行って参りました。
絶好のドライブ日和で、気持ちよく運転しておりました。

途中立ち寄った道の駅の入り口に、こんなものが立っておりました。
オブジェかと思いきや、しっかりと現役。
最近は、この形を見ることもありませんね。
いやぁ、懐かしかったです。

2008年3月20日木曜日

懐かしい歌たち

今日は、雨で外へ出るのも億劫で、一日音楽を聴き、本を読み過ごしております。

いつもなら、お気に入りのクラシック音楽を聴きながら過ごすところですが、
今日は、先日ためしに借りてきた「青春の詩(!)」という臭いタイトルのCDを聞いておりました。
サブタイトルも「FORK & NEW MUSIC HIT SONGS」という臭さです。

ことろが、これが何と!良い!!
それぞれの曲調は「こんなんだったっけ?!」と、思ってしまうほど、オリジナルからは遠ざかっております。
思えば、最近こんな曲を聞いたのは、カラオケボックスで誰かほかの人が歌っていたときですから、それも仕方のないことかも知れません。

それぞれの曲ごとに、いろいろなシーンが頭をよぎってきます。
その曲を聞いていたころのことや、それらの曲にあるシーンなど。。。
詩の内容も驚くほどよく記憶していたりします。
もっとも、多感な時期に耳にしていた音楽は、その当時の風景・情景とともに記憶されているようです。
これらの懐かしい歌たちは、そんな記憶を一気に押し出してくれました。

今ちょうど、上の娘が高校一年生で、いろんな曲を聞いていて、四六時中音楽がないと気がすまないようです。もちろん、当時の私たちが聞いていたものとはまったく違いますが、そうやって、心の1ページに書き加えられていくのは、素晴しいことだと思います。

お彼岸

今日は、春分の日。彼岸の中日です。
お墓参りにおこうと思っていたのですが、
昨日からの雨により、病気の父を連れての遠出となることを考え、
残念ながら断念いたしました。

出身は京都の北部、舞鶴市というところですが、
昨年、父が当家に同居して以来、完全な空き家となっています。

お墓には、母が待っているのですが、
今週末まで、延期とさせていただきます。

2008年3月19日水曜日

お花見

京都は、間もなくお花見のシーズンです。
毎年秋の観光シーズンは、連日たくさんの観光客を見かけますが、
最近は通年化してきており、特に桜の咲く頃は、期間的にも
いっときに集中しますので、大変な人出です。

そんな中で、普段は入れないとっておきの穴場を、、、、
と言っても、それほどたくさんの桜が見られるわけではありませんが、
京都府庁の旧館中庭にあるしだれ桜がおすすめです。

明治に建てられた京都府庁旧館は、現役の府県庁舎としては、
国内最古だそうです。
その中には、京都府の花である「しだれ桜」が植えられています。
周囲の建物とマッチして、なかなか風情がございます。

この時期になると、内部の一般公開も行われます。
ぜひ一度、ご覧下さい。

2008年3月16日日曜日

休日の散歩


今日は、暖かさに誘われて、近所を散歩しておりました。

普段はあまり気にとめない神社へ行ったところ、
芳しい梅の香が、、、、

紅梅と白梅が数本ずつ、綺麗に咲いておりました。

2008年3月15日土曜日

ウグイス発見

今朝も、昨日までの同様、朝から可愛い声がするので、
庭先を探していたところ、ついに声の主を発見しました。
とはいえ、足音に驚いて飛び立つ姿を見たと言った方が正解ですが、、

それはそれは美しい鶯色でした。
2羽で飛んでいきましたので、きっとつがいに違いない、
と一人納得しておりました。

そう言えば昨日、知り合いが入院、手術したと言う話を聞きました。
私も、3年ほど前に、大きな病気をして、入院、手術を繰り返しました。
その方には、そのときにも大変心配いただき、お見舞いも頂いたところですが、
今回は、とても心配しております。大したことがなければよいのにと祈っております。

全ての病気の源はストレスである。と信じて疑っておりません。
何事にも、ケセラセラと笑い飛ばして、行きたいところです。

2008年3月14日金曜日

都の匠

確定申告は無事に終了いたしました。

今日から、京都市左京区のみやこめっせで「伝統産業の日」にちなんだ様々な行事が開催されています。
私も拝見してきましたが、特におすすめは、
京の伝統産業わかば会の展示会!

明日の京都の伝統産業を担う若手職人さん達の作品が目白押しです。

また、場所は違いますが、四条室町下がる「むろまちアートコート」でも
京の若手職人総合技術コンクール作品展が開催されています。

京都に限らず、伝統工芸産業の未来はそれほど明るいわけではありません。
今、こうやって次代を担おうとする若い人が集まってきてくれている内に
どうにかしないと、、、、と思うのは私だけではないでしょう。

「伝統工芸産業に新しい感性を」とは、私たちがすぐに口にする言葉ですが、
「新しい感性」のヒントは、決して自分の中にはありません。
P.Fドラッカーが言うところの「チャンスは外部にある」という法則は
この分野にも当てはまることでしょう。

みんな頑張れ!!

春の雨

昨日までの好天が嘘のような、雨の朝です。
にもかかわらず昨日のウグイスは、今朝も頑張ってくれました。
頼もしい限りです。頑張れ!!

今日は、所要があって午前中にお休みを頂きました。
締め切り直前の確定申告のためです。

一昨年の秋に、それまで一人暮らしをしていた父が脳梗塞で倒れ、
入院、転院、そして転居、同居と、めまぐるしい紆余曲折を経る中で
たくさん掛かった医療費などを申告するためです。
窓口の開くのを待つ間に、このブログを書いています。

人間というのは不思議なもので、健康であることは当然と思うところがあって、
病気になって初めて、そのありがたさに感謝すると言うところがあります。
特に、親というのは確実に年老いていくものなのですが、
何故かしら、決して弱らないものという妙な安心感を持っていたりします。

孝行をしたいときに・・・・ということわざが身にしみます。
徐々に元気をなくしていく我が親を見るにつけ、戸惑うばかりです。

2008年3月13日木曜日

春が凄い勢いで

今週に入ってから、急速に暖かくなってきました。
先週にはまだ雪が降っていたなんて、夢のようです。
そんな中で、今朝の我が家の朝食時に、素敵な来訪者がやって来ました。

「ホー ケキョ ケキョ」 それは、鴬の初鳴きでした。
一緒に食べていた、下の娘と顔を見合わせ、窓辺へダッシュしましたが、姿は見えず、たどたどしい鳴き声がするばかり。

まだまだ、しっかりとは鳴いてくれませんでしたが、
これから、しばらくは楽しませてくれることでしょう。

今日一番の大ニュースでした。

2008年3月12日水曜日

温故知新

1200年以上の歴史を持つ京都には、今もなお大変多くの伝統工芸産業が息づいています。
私は以前、そのような伝統工芸産業に関係した仕事をしていたことから、いろいろな職人さんや関係者の方たちと知り合いになることができました。

そんな中で、先日縁あって香老舗として有名な松栄堂 畑正高社長の御講演を聞く機会がありました。
いつもながらの軽妙なお話で、すっかり魅了されてしまい、時間の経つのを忘れてしまったのですが、その中でひとつとても心に残る話がありました。

それが、温故知新「ふるきをたずね、あたらしきをしる」なのですが、お話の中で畑社長は、「今、私たちが悩んでいること、とても切実な悩みかも知れないけれど、それって、きっと先人も同じように悩み、それを乗り越えてきたんだよ」ということを、教えてくれたような気がします。

40にして惑わず、と言いますが、今の私は毎日毎日悩むことばかり。それこそ押しつぶされそうな思いもしています。しかし、悩みなんてそれほどバリエーションがあるとも思えませんし、これまでに多く人が同じ悩みを抱え、それを乗り越えてきたに違いない。

先人の知恵に学びたいと思います。
それが、私の温故知新です。

2008年3月11日火曜日

こんな本を読みました

最近は、できるだけ本を読むようにしています。昔から、趣味は読書(無趣味の代名詞ですが)と言って憚らない私でしたが、最近はとみにその傾向が加速度を増してまいりました。
ただ、どちらかというと、じっくり、場合によっては線を引き、はたまた内容のメモを作ったりと、一冊に時間が掛かる方なので、どれだけ頑張っても月20数冊と言うところです。内容は、多岐にわたっておりますが、最近はもっぱら経営関係のビジネス書が中心です。

そんな中で、先週末に「ローカル線ガールズ」という本を読みました。この本は、福井県のえちぜん鉄道でアテンダントとして働く女性が、その採用から現在までの働きぶりが詳細に書き綴られたものです。
1時間程度で読み終えましたが、かなり感動致しました。

ご承知のとおり、この鉄道は、もともとは京都に本社がある京福電鉄の支線として営業していたものですが、かつて不幸な事故が重なって廃線を余儀なくされました。その後、地元の方々の熱意により、えちぜん鉄道として蘇ったのです。再開後は、地元の方だけでなく観光客の方々にも愛用され、経営状態もかなり改善されてきたようです。

本を読む限りに置いても、回復の要因はいくつかあると思います。

① 徹底したお客様主義

そこで働く人たちすべてが、「お客様にとって、よりよいサービスを」という理念を共有されていることがよく分かります。最初は、マニュアル化された対応が中心であったものが、ときどきのお客様の状況に合わせたサービスへと変化していく過程によく現れていると思います。

② 働く人が楽しんでいる

先ほどのお客様主義にも通じるのですが、彼女たちが、そのサービスの提供を楽しんでいると言うことがよく分かります。決して媚びたり、卑屈になるのではなく、お客様に喜んで頂くことが、彼女らの喜びなんでしょうね。

③ より良くしたい

上の①②はいわゆる「顧客満足」「従業員満足」と言われる部分で、サービス業だけでなく、すべての業種に共通して大事な考え方です。それにもまして、この会社の素晴らしいのは、それをさらに高めていくためのシステムを自分たちで作っているというといところです。すべてを明かすと原作者に失礼なので遠慮しますが、この仕組みが自然発生的に生まれてきたというのがミソで、向上のサイクルが上手く回っているなと言うのがよく分かります。我が職場もあやかりたいものです。


京福電鉄は、元々は京都府内と福井県内に鉄道路線を持つ電鉄会社でしたが、今では福井県内にはバス路線が残るのみです。京都でも、古くは「嵐電」、「叡電」という略称で親しまれていましたが、今では叡電も別会社になってしまいました。

地方に残るローカル線は、その地域の住民にとって無くてはならないものです。何とか頑張って守っていきたいものです。

今日の発見

3月に入っても、雪に見舞われるなど、これからどうなるのかと不安にさせるような日が続いていましたが、先週末からはうってかわって、好天に恵まれました。
いつもは、お気に入りの文庫を片手に昨日の帰りの電車に乗り込むところですが、昨日はたまたま春の陽気に惑わされたか、大事な本を持たずに乗り込んだため、ボゥッと時間を過ごしておりました。
そこで、電車(我が愛すべきJR嵯峨野線)の中吊り広告(のれんのように下がっているあれです)を眺めていて、気がついたことが3つありました。

①頑張るJR?

中吊り広告は、定期的に変えられているようで、一番のおなじみは雑誌の広告ですが、昨日見た限りでは、一番目についたのは、JRの営業案内でした。これっていったいどういうことなのでしょうね。

②いつの間にか

次は、そのJRの広告ですが、知らぬ間にすべてが「春」バージョンになっておりました。春休みの子供向けキャンペーン。春から初夏にかけてのお出かけキャンペーン。寒い寒いと引きこもっている間にも、時はしっかり過ぎていき、春はちゃんと来るんですね。

③気になって

つり広告って、ほぼ必ず両面がありますよね。自分からは見えていない裏側の広告って、どうなっているのでしょうか。実は、電車に乗っている30分間、そればっかり気になって仕方がありませんでした。身動きできない状態で、無理矢理裏側を見るため進んでいくこともままならず、降車駅に着くまでじっと我慢をしておりました。そして降車駅。出口を出て、外から裏面の広告を見てみれば、、、、なんと言うことでしょう、表側に何が下がっていたか、すっかり忘れていました。


春の陽気は、いろんないたずらを仕掛けるようです。