2009年4月26日日曜日

JR福知山線の事故から、、

昨日で、JR西日本福知山線での脱線事故から丸4年が経ちました。

事故当初は、一体全体、こんなことが起きるなんて、小説の中にも出てこないような、非現実感を味わったことを覚えています。

当時の関西圏の鉄道事情は、大阪を中心にJRと私鉄がスピードと料金でしのぎを削り合ってり、いつからかJRがスピードの上では他を凌駕しているような状況でした。その分、ダイヤも過密化し、一つの路線での少しの遅れが、他の路線に影響を与え、関西圏全体に波及する、といったような状況でした。

もともとJRの線路は、他の私鉄とは違い構造的に高速化が難しいのですが、今考えるとかなり無理をさせていたのではないかと思えます。

一方でその恩恵を受けていたのも我々であって、世の中が便利になればなるほど、もっと早く、もっと大きく、もっと強く、もっと、もっと、とどんどん欲望をエスカレートさせていたことの結果が引き起こした事故はないかとも反省させられます。

「量の時代」から「質の時代」へと言いながらも、本質のところでは、際限なく量の拡大を求めていたのではないかと思います。そのことによるきしみが、あちこちで出始めた端緒となった事故ではないでしょうか。

事故の記憶は時間の経過とともに風化していきます。
また、この事故を起こしたJR西日本だけでなく、
我々人類自身こそが、もう一度「生きる上で一番大切なこと」を
考え直さなければいけないのではないでしょうか。

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