2009年10月11日日曜日

久しぶりに

先週一週間は、結構盛りだくさんの行事があって、ブログを更新している時間がありませんでした。
3連休初日の昨日も仕事で終日外出していたのですが、仕事が終わった後、本当に久しぶりに大学時代の恩師と夕食をご一緒しました。

大学のゼミの指導教官で、現在は首都圏の大学で教鞭を執っておられますが、京都で開かれた学会に出席されており、その合間を縫って時間を作っていただきました。
宿泊されていたホテルから、木屋町や先斗町などを歩きながら、店を探しつつ夕食をとったのですが、まぁものすごい観光客、不況のせいで少なくなったとは言いながら、明らかにそれと分かる観光客、外国人などで、いずこも大盛況でした。ありがたいことです。

先生とは食事をとりながら、同級生のその後の話などをしていたのですが、卒業後25年、当時の先生の年齢をとっくに超えてしまい、来年には娘が大学受験です。大いなる時の流れに改めて思いを馳せました。
昔は、毎週のように先生の後にひっついて、飲み歩いたモノでしたが、昨夜は打って変わって、アルコールはほとんど抜きのあっさりした食事といたしました。

私自身、これまで生きてきた中で、明らかに自分の生き方、考え方に影響を与えたと自覚できる人物というのが数人あって、この先生はそのうちの一人です。あの当時の先生のスタイルに自分のスタイルを少しでも近づけたいと思ったものでしたが、長い空白の期間があって、今の私の頭の中には、今の自分より数段若い姿しか残っていないのが残念です。

今はいささか遠く離れておりますので、頻繁にお会いすることがかないませんが、また機会を見てお会いしたいものです。どうもありがとうございました。

2009年10月3日土曜日

ドイツ統一記念日

今日は10月3日、ドイツの統一記念日です。
1990年の今日、東西ドイツが統一され、現在のドイツ連邦共和国が誕生しました。

折しも、先週はドイツの総選挙で、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU/CDS)が第一党となり、自由民主党との連立政権を組むことになりました。いわゆる下院第1党と第2党が組む大連立時代は、いったん幕を閉じました。

4年前の選挙で大躍進した左翼政党が、今回もさらに得票率をのばし、その分社会民主党(SPD)が議席を大幅に減らす、という結果になったモノです。
既成の大政党が飽きられて、小政党が徐々に大きくなっていく。
ドイツ社会の大きな動きが反映された選挙結果なのでしょう。

中秋の名月

今日は中秋の名月でした。

昼間に、月見団子を買い、保津川の河原でススキを失敬し、万全の体制で待ち受けておりました。
次女が理科の授業でちょうど月に付いて勉強しているということで、20時と21時に月の観察をし、その違いを調べるという宿題が出ていたこともあって、一緒に外へ見に出たのですが、20時は厚い雲に覆われて、損竿すら確認できませんでした。

そして21時、どうせだめだろうと思いつつ外へ出てみると、南東の空に浮かぶ雲の端辺りがほんのりと明るくなったかと思うと、強い風にあおられて、ほんの一瞬雲の隙間から月が顔を出しました。

今回は、2回の比較ができなかったので、宿題の完成は明日にお預けとなりましたが、一瞬だけ顔を見せたそれは、まごうことなきまん丸の美しいお月様でした。

2009年10月1日木曜日

妄想の季節

今日から10月でございます。
役所では、4月からの上半期が終了し下半期に突入というところです。

この時期、ようやく組織全体の仕事が軌道にのってきて、様々な事業が同時並行で進み始め、どことも忙しさが本格化する頃です。そしてさらに、そろそろ次年度の予算編成に向けた作業も始まります。
目の前の仕事をこなしながら、来年度の姿を同時に描くというのは結構至難の業でして、発想の転換が必要です。しかしながら、慣れてくるとそれはそれで結構楽しかったりします。

今も、来年度に向けて、あんなこともしたい、こんなことも事業化したいと、妄想をたくましくしている毎日なのです。

2009年9月24日木曜日

連休疲れ

ここ数日、やや忙しい日々が続いていたため、更新がすっかりお留守になっていて、久しぶりに自分のブログを開いてみると、2週間も放ったらかしの状態が続いていたようで、少々反省しております。

昨日までのいわゆる秋の5連休は、天候にも恵まれ、各地とも大変な賑わいであったようである。
京都市内もご多分に漏れず、大変な人と車だったようで、自宅でひっそりとしていた身としては、少なからず溜飲の下がる思いでありました。

我が家の連休中のお出かけは舞鶴への墓参りだけで、こちらは渋滞を避けつつ無事に往復することができました。
上の娘は受験生と言うことで、連休中も学校へ行ったり、部屋へこもったりと、参考書、問題集と悪戦苦闘を続けておりました。一方、下の娘は、連休初日の19日が小学校の運動会だったもので、代休となった今日までが5連休となり、ゲーム、テレビ、ゲームを際限なく繰り返していたようです。

この、イレギュラーな休暇も終わり、さぁ一仕事と思ったところが、2日を置いて、すぐ週末がやってくるなど、なかなか仕事モードに切り替わりません。
明日一日を何とか乗り切って、来週からはがんばるぞ!と決意を新たにする今日でした。

2009年9月11日金曜日

9.11

今年も9.11がやってきました。あの恐ろしいテロから8年になるんですね。

昔、私が初めて商工行政のセクションにきたときに、あの世界貿易センタービルの一角を使ったイベントの担当者となりました。当時はニューヨークに駐在員がおりましたので、彼の力によってできたイベントでした。
その後、機会があってあの場所を初めて訪れたときには、改めてその建物の巨大さに圧倒されたものでした。

しかしながら、今はその建物もないのですね。
私とニューヨークとの接点は、まさにその一点だけでしたので、あの大惨事の後も身に迫るほどのショックというのは感じませんでした。とはいえ、一瞬にしてあれだけ大多数の生命を奪ってしまう無差別テロに対する怒りを感じなかったわけではありません。

自らの主張を通すために、暴力を以て世の中に問うというのは、けして許されるべきではありません。お互いが対話によって、合意点を見いだしていくと言う手間を惜しんではならない。人としては当然のことだと思うのですが。

秋の空

2009年9月9日水曜日

健康診断

先日、職場の定期健康診断があって、ひととおりのチェックを受けて参りました。

今でも、半年ごとの精密検査を受けてはいるものの、CTとかMRI、PETなどが中心で、内科的な検査は受けていないので、この健康診断が唯一の機会となっています。

昨年は、血糖値が若干高めで再検査を受けましたが、今回はクリアをしたようです。ただ、血液中のヘモグロビンA1cの値はわからないで、まだまだ気になっているところです。

ところで、私が働く職場はお役所でございますので、この定期健康診断も実施する事業者は競争入札で選ばれます。従って、年によって実施する事業者が違うのです。
これが実はくせ者でして、事業者が違うと検査する項目も少し違うのが困りものです。

尿検査や心電図、X線検査など基本的な検査は同じなのですが、たとえば同じ血液検査でも検査項目に違いがあったりします。従って、去年はあった数値が今年はありませんということがあって、簡単に数値の変化を追っかけていくことができないのです。

また、検査時に渡される検査シートには過去の受検時のデータが記載されているのですが、当然のことながら、他の事業者が実施した年のデータはそこには載っておらず、今回は一昨年のデータがそこに記載されておりました。

その上、どうも再検査が必要かどうかの基準というのが、事業者によって違うようで、我々の間でも、「今年は厳しいところや」という会話が交わされたりします。

まあ。こういうものは少し厳しい方が我々にはありがたいのですが、結構気分も上下したりしますので、厳しい基準であって、なおかつそれをクリアしているというのが望ましいところです。

2009年9月8日火曜日

“怒り”について

9月の第一週は比較的さわやかな日が続きましたが、第二週に入り、若干蒸し暑さがぶり返し、過ごしにくい日が続いています。

こういう日は、体調だけでなく心理的にも変調を来してくるようで、日によって気分が高まったり落ち込んだりと、ジェットコースターのように激しく変化しております。

今朝も職場へ向かうべく歩道を歩いておりましたら、後ろからチン!という音がしたので、驚いて飛び退いたところ、ものすごいスピードの自転車がすぐ脇を走り抜けていきました。後ろ姿から想うに若い通勤途上の女性のようで、前を歩く人たちの間をすいすいとすり抜けて、あっという間に見えなくなってしまいました。

あっけにとられてみていた後に、改めて心の底から怒りがこみ上げてきて、思わず罵りの言葉を吐いてしまいそうになりました。何とかここは踏みとどまったのですが、改めて自分の心がささくれ立ってきているのに気がつきました。

最近いろいろと手にしている先哲による書物を読んでいると、いかに怒りをコントロールするか、いかに冷静さを保ち続けるか、と言ったことに触れる文章に巡り会うことがあります。プラトンの対話集などを読んでも、ソクラテスはなぜいつもこんなに冷静に話ができるのか、と言ったところについつい気持ちがいってしまいます。

実際のところ、相手に対して関心を抱かなければ、怒りを押さえることは比較的簡単です。しかしながら、そうすると共感し、理解しようという気持ちが削がれてしまいます。

周りのヒト、モノ、コトに共感、理解しつつ、なおかつ"怒り"という感情をコントロールする。人生というのは、一生修行ですね。