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2013年3月23日土曜日

日本酒まつり

今日は、京の酒どころ伏見で、“日本酒まつり”なる催しがあると聞きつけ、午後から出かけて参りました。

気温は少し肌寒いくらいでしたが、抜けるような青空で、伏見の酒蔵地帯へ向かうと大勢の“酔っ払い”たちがたむろする、とても良い雰囲気のお祭りでした。


あたりの造り酒屋では、とっておきのお酒の試飲(有料ですが)をさせてもらえ、一時間ほどの滞在にも関わらず、すっかりできあがってしまいました。

昔から、伏見の酒はまろやかな“おんな酒”と呼ばれており、それは“伏水”とも呼ばれた、伏見の豊富な伏流水によるものと言われています。


川沿いに、造り酒屋の酒蔵が並ぶ様は、とても美しく、一幅の絵のようでもありました。

いっとき、ワインやビールなどの洋酒に押され、日本酒が売れなくなってきた時期もありましたが、最近では、女性のファンが増えてきたそうで、今日も女性のグループがいろいろなお酒の試飲を楽しんでおられました。

できれば、この美味しい伏見の日本酒をもっと世界に売っていきたいと考えており、今年は“京の酒”を重点的に海外プロモーションしていくつもりです。

乞うご期待。

2012年6月29日金曜日

海外展開セミナー

今日は舞鶴へ出張でした。
商工会議所で開催されたセミナーで講演をするための出張でした。

セミナーには18名の一般からの参加者の他、行政の関係者もたくさん来られておりました。

話の中心は、これからは内需に期待してはいけない。
今から海外の需要を取り込む仕掛けを施さないと、海外からの大波に浚われてしまうよ。
というような訴えでした。

残念ながら、参加者の方々とはお話しをするチャンスがなく、どれだけ気持ちが伝わったか手応えを感じることができませんでした。

しかしながら、このままでは座して死を待つのみです。

舞鶴の再生のためにも、みんな頑張れ!!

2012年6月19日火曜日

台風一過

まさかの台風となりました。

確か昨年は7月に台風が来て、一体全体どうしたんだと訝しんでいたところが、今年は6月に台風が襲来するとは驚きです。
報道によると2004年以来とのことですが、そんな最近にあったっけ?と自分の記憶の不確かさにあきれかえっております。

何はともあれ、記録的な速度と言うこともあって、接近してきたと思ったら、あっという間に東へ進み、京都府内の被害もほとんど無かったようです。

さて、以前にもお話ししたとおり、私は京都府北部の舞鶴市の出身なのですが、このたび縁があって、今月末に舞鶴市内で、企業の皆さん方を対象にお話をさせていただくことになりました。

京都府が実施している支援施策について、30~40分くらい時間をいただけるようです。

役所のやっていることの紹介ですから、どれほどお役に立てる話ができるか判りませんが、最近何度か舞鶴の街を歩いていて、昔と大きく様変わりした様子に愕然とすることがあります。

何とか、その停滞感、閉塞感を打破して、皆さんを鼓舞するようなお話ができれば、と考えています。

ということで、今週はその原稿作りにいそしむ毎日となりそうです。

2012年3月29日木曜日

年度末です

明日を以て、役所で言うところの平成23年度が終了し、来週から新しい年度を迎えます。
私も新年度の到来とともに、新しく生まれる組織へ異動いたします。

今度のセクションは、京都の中小企業と海外市場を結びつけることを主な仕事としており、その範囲は一般的な物づくりから、工芸品、農産加工品、サービス業と幅広く、いわば京都府の“総合商社”となります。

京都という土地は、どこをとっても魅力あふれる土地なので、“売る物”には事欠きません。

従来は国内にその供給量に見合う需要があったのですが、今となってはとてもそのような状況は期待できず、勢いその市場を海外に求めざるを得ません。

とはいえ私自身は、京都の物を“価格競争”の嵐の中で打っていきたいとは持っておりません。
“他の類似品とは違う京ものならではの良さ”をしっかりと伝えていきたいと思っています。

そのためにもいろいろと試行錯誤で、どんどん突き進んでいきたいと思っています。

2012年1月20日金曜日

コダック社経営破綻

昨日から久しぶりの雨模様となりました。
そういえばいつから降っていないのか、忘れてしまうくらいの“おひさしぶり”です。

今日の報道によると、アメリカのコダック社がついに経営破綻したそうです。

コダックと言えば、黄色いパッケージの銀塩フィルムで、かつては私もよく使っていました。

ところが、今ではカメラと言えばデジタルカメラで、フィルムはほとんど売れなくなってしまっています。
しかも、このデジタルカメラはコダック社の発明品と言いますから、自社が開発した製品でつぶれたしまうという、何とも不可思議な運命となったわけです。

同じフィルムメーカーでも、日本の富士フイルムは、デジタルカメラの製造やデジタル写真の専用紙などにも事業の幅を広げ、うまい具合に事業転換を図ってきました。

何が、両社の運命を分けたのか、そのうち誰かが解説してくれるのでしょうか。

大変興味のあるところです。

2011年11月27日日曜日

スペイン16~24歳の失業率45%

<欧州危機>スペイン 16~24歳の失業率45%
とてもショッキングなニュースを見つけました。

欧州の財政危機で、ギリシャ、イタリア、スペインが大揺れに揺れていますが、この報道によると16歳から24歳の若者の失業率が45%にも上るそうである。国全体の失業率も21.5%と高水準で、さらなる悪化が心配されている。

この年代の若年層は大部分が学生であることが多く、この統計の母数となる集団の絶対数もそれほどではないのかもしれないが、逆に言えば大学や専門学校などに行くことができない低所得者層の失業者が増加しているのではないかと危惧される。

昨今言われる所得格差がさらに拡大し、貧困がさらに次代へと継承されていくシステムがさらに強固なものになっていくのではないか。恐ろしいことである。

そしてさらに、この不況、出口が全く見えないという恐怖。
救世主は現れるのだろうか。

取りあえず今は欧州の崩壊を回避するために、様々な手段が取られようとしている。

しかしながら、スペイン、ギリシャ、イタリアなどはもともと政治的に不安定な上に、官僚に対する信頼が非常に低く、効果的な政策を打ち出しにくい状況にある。
勢い、ドイツやフランスなどが手をさしのべて欧州全体を支えていくという構図になってしまう。

ここへ来てドイツ経済の失速も伝えられ、他のユーロ諸国も連鎖的に国債の価値が下がるなど、大きな影響を受けている。

しかしながら、「雨降って地固まる」と言うように、危機は結束力を強くする。この危機を乗り越えれば、ユーロはさらに強力な通貨となる。叡智を集め、乗り越えていって欲しい。

2011年7月23日土曜日

京焼・清水焼

ちょっと前のニュースなのですが、京都の陶磁器職人の皆さんが、東北地方の被災者の皆さんへ食器を送ってくれたそうです。
新聞で見かけた写真には懐かしい顔を見えて、とても嬉しく思っておりました。

ご存じのとおり、京都には「京焼・清水焼」という陶磁器の一大ブランドがあります。
しかしながら、昨今の厳しい経済状況を反映してか、産地にはかつてのような勢いがないようです。
事業者の数も徐々に減っているとも聞いています。

私がその関係の仕事をしていた当時と比べ、さらに状況は悪化してきているとも聞いています。

京都のメインストリート四条通にあった、京焼の代名詞「たち吉」本店も、先日17日限りで店舗を閉めてしまわれたそうです。

そんな中でも、伝統を絶やさぬように頑張ってくれている人たちがいます。

京焼の灯を消さないためにも頑張ってください。

2011年7月3日日曜日

電力はたりているか

どうでも良いことなのですが、今日気がついたら、Yahoo Japan のトップページに、関西電力の受給状況が表示されておりました。

今日の所は、まだまだ余裕があるようですが、今後さらに暑さが厳しくなると、この表示を見ながらドキドキさせられるようになるのでしょうか。

関西地方は、原子力発電への依存度が比較的高いので、少し心配です。

私たちの知恵で何とか大変な事態にならないよう、工夫をしたいものです。

2011年3月31日木曜日

震災の被害

東北大震災の被害は思わぬところに及んでいるようです。

電車の整備部品が調達できなくなったJRの列車運休については、以前お話しさせていただいたことがあります。
それ以外にも。

職場には牛乳などの飲料を販売している事業者の方が複数巡回しておられます。
そのうちの一社のかたは、私と同じ時期に同じ病気になったことで、とても親しく話をしています。
その方によると、牛乳や野菜ジュースの紙パックが全然足りなくて、入荷量が激減しているそうです。
いつもならたっぷりと商品を揃えているところ、今日はいつもの半分くらいでした。

新聞情報によると、紙パックを作っている工場が、今回の被災地に数多くあるそうで、以前のような生産体制に戻るのは遠い先になるようです。

世界の工場であった日本に替わって中国が台頭してきています。
そんな中でも、世界の自動車部品の中には日本で製造しているものが数多く残っています。
しかしながら、今回の被災でそういった工場が大きな被害を受け、日欧米の自動車会社が打撃を受けています。

この震災を契機に、中国などではこういったコアになる部品の製造を一手に引き受けようと、猛烈なアピールを展開し始めたそうです。
日本にいくつか残っていたこうした高度な技術が、この震災によって失われてしまうのではないかと危惧しています。

2009年3月21日土曜日

農業の未来は

今朝の新聞で、現在の農政特に減反政策に関する朝日新聞社と東北大学のアンケート調査の結果が、大きく報道されていた。詳しくはこちら

経年的な変化が押さえられていないのが残念であるが、傾向的には従来の農政への懐疑、不信のなせるわざではなかろうか。どうやら国のいうことを鵜呑みにしていてはいけないのではないか、ということに気づき始めたということである。

我が家も実家は米を中心とした農家であったので、何となく分かるのであるが、従来農家、農業というのは徹底的に保護され、非常に手厚い保護をされていた(それこそトキ並に、、、)。農家は米さえ作っていれば、それを国家が適正以上の価格で買い上げてくれ、何とか生きていけたのである。

ところが、それがために農家は自分たちで考えることをやめてしまい、国やその手先となった農協に頼り切り、本来国の根幹を支える産業であるはずの農業を、社会の変化に全くついて行けない斜陽産業に仕立て上げてしまった。

かといって、食べ物に対する好みや安全性にことのほか敏感な日本の消費者に対し、アメリカ型の集約化、大型化は日本の農業には合わないというのも、アンケートの結果が示すとおりである思う。今ようやく、そのことに気づいた担い手たちが全国で様々な取り組みに着手していると聞いている。

天然資源の少ないこの国においては、歴史・伝統・文化と一体化した日本独自の付加価値をつけたサービスを国外の消費者に提供することで経済を回していく必要がある。文化というにはすなわち食文化である。日本のおもてなしの文化は、すべてお客を食でもてなす作法に由来している。その食文化を支えるのが、日本の農業である。

日本の文化、食文化を支えるのは、日本の農業でなければならない。明治維新や第二次世界大戦後の愚を決して繰り返してはならない。

2009年2月20日金曜日

大好評終幕

二日間にわたるビジネス交流フェアが無事閉幕しました。
合計入場者は過去最高であった昨年を大きく上回り、8000人を越える方々にご参加いただきました。

この不況下でのこの参加者数というのは、正直いって、主催した我々も大きな驚きです。当夜の打ち上げが盛り上がったのは言うまでもありません。

ところで、この二日間で多数の方々にアンケートにご協力いただきましたが、とてつもなく膨大な数になりましたので、とても一日二日で集計できるものではありませんので、来場者の分析は全くできていないのですが、この不況が来場を後押ししたという側面があったものと思われます。

一つには、今取り立てて急ぎの仕事が無いので、業界や技術、他社の動向を見るために参加された方が多かったということがあったと考えています。これは、好景気な状況下では考えられないものです。

二つ目には、なんと言っても今この状況を乗り越えるため、新しい取引先、パートナーを探し、何とかして浮上のきっかけをつかみたいという意欲あふれる方が、多くおられたということだと思います。先日来何回も述べたとおり、こういった方々により多くの出会いがあったのではないか、と想像しています。

100年に一度の未曾有の不況ですが、それを吹き飛ばすパワーが京都の中小企業には満ちあふれている。
この不況から真っ先に立ち上がるのは、京都の中小企業であるという思いをさらに強くいたしました。

2009年2月19日木曜日

ビジネス交流フェア開幕

いよいよ、ビジネス交流フェアが始まりました。
初日の今日は、天候もまずまずで、多数のお客様がお見えでした。

きっと、多くの出会いが生まれたことでしょう。
明日は天気が心配ですが、また行って参ります。




2009年2月18日水曜日

ビジネス交流フェア

明日から二日間、京都市伏見区にある京都府総合見本市会館~パルスプラザ~で、私の働く財団法人が主催する最大の行事である、京都ビジネス交流フェア2009が開催される。
今日は、見本市会館へ行き、その準備をしてきたところである。

このフェアは、府内最大規模の中小企業の展示会で、毎年この時期に開催している。今年も、不況の中多数の企業様に出展をしていただくことができて、大変うれしく思っている。

出展される企業の多くは、いわゆるメーカーの下請けをしている企業さんたちで、この不況の中、非常に苦労されているところばかりである。
我々としてできることは本当に限られており、何とかこの展示会で、少しでも新しい出会いが生まれることを祈るばかりである。

そして、祈るばかりでなく、そうなるように精一杯お手伝いをさせていただくつもりである。
せめて、天候に恵まれますように。

2008年11月26日水曜日

久々の見本市

今日は、大阪のインテックスで開催された見本市へ行ってきました。

会場のインテックス大阪

今日の見本市は、特許に関するもの、ロボットに関するもの、環境(特に水環境)に関するものの3本立てで、それぞれに非常におもしろい見本市であった。特に特許関連は、私の現在の仕事にも大いに関係する部分であり、およそ3時間をかけじっくり拝見することができた。

その印象を少し。
今回は農業関係のコーナーが特に設けられており、農業関係の企業や公設研究施設、大学などがブースを構えていた。その中の一つの農業関係の公設研究施設の方とお話をさせていただいたのであるが、今回の出品の目玉は、「杯」の部分が特に大きなお米!という物であった。
ご承知のとおり杯の部分というのは精米の際にとれてしまう部分で、これまではそこをできるだけ少なくして、可食部分を大きくするというのが、改良の歴史であった。ところが、日本の国民のお米の食べ方が変わってくると、このような変わった種類のお米が、新品種として生まれてくる。
お米の新品種を作るためには、およそ10年、小麦では15年かかるそうである。
10年15年先の日本の食糧事情はどうなっているのか、そして彼らはどうなっていることを想定して、今の研究を続けているのか。残念ながら、時間がなくて一番聞きたい質問ができなかった。

もう一つは、防災、特に免震装置が何件か出展されていた。
それぞれ、構造が少しずつ違っており、単純な比較はできないのであるが、いずれも施工実績が上がらないというのは同様であった。地震国である日本では、大手の建設会社が免震構造住宅を普及させようと躍起になっている。いずれ標準になっていくのであろうが、どの工法が最終的に生き残るのか、楽しみである。

今回の見本市は、中小企業の持っている特許を流通させることで、産業を活性化させていこうとするものであり、経済産業省が主催をしている。特許を取ることがすべてではないが、中小企業にとっては非常に弱い部分であり、新しい技術や製品を開発しようとしている企業の方は、知的財産の分野にも目を向けてほしいものである。

2008年10月29日水曜日

京都の底力



今日、京都市内の全日空ホテルで「異業種京都まつり」という、産学・異業種交流の一大イベントが開催されました。

今年で12回目となるこのイベントですが、今回は特に農商工連携の推進を大きなテーマとして開催することとなりました。おかげで、従来の機械・金属の製造・加工業のイベントとは、一風変わった祭典となりました。

入場者もおそらく過去最高となったのではないかと思います。
さらに今回の特徴としては、来場者の滞在時間が異様に長かったということが上げられると思います。
確かに今回初の出展となった、農業・食品関係の事業者の皆さんのブースは華やかで人目を引くものが多く、じっくり話を聞いてみたいと思わせるような方々ばかりでした。

たった一日限りのイベントで直ちに成果が上がるとは思えませんが、「京都」の持つ深み、ポテンシャルを改めて再認識させられるイベントでありました。

2008年10月23日木曜日

知恵のものづくり

今日は、京都府の北部 京丹後市にこのたびオープンした
「丹後 知恵のものづくりパーク」の開所式の
お手伝いに行って参りました。

京丹後市峰山駅から南西側にある小高い丘の上にあった
日本電産峰山工場の跡を改装して設けられたものです。

オープニングには、京都府知事、京丹後市長や
日本電産の永守社長も出席されるという
非常に大規模なものでした。



セレモニー終了後には、永守社長の講演会も
セットされており、非常に中身の濃い2時間余でありました。


なかなか不景気な話が絶えない今日この頃ですが、
この施設を拠点に、今後もいっそう地域の中小企業の
皆様の役に立てるようになりたいな、と思っております。

2008年8月21日木曜日

本当の国際競争力とは

今日読んだ新聞によると、2007年に4日間以上の休業を伴う労働災害に遭われた派遣労働者が5885名にも及んだそうである(うち死者が36名!)。
これは、製造業への労働者派遣が合法化される前の2004年の667名の何と9倍!
労働災害の発生件数がこの3年間でほとんど変化していないこと、派遣労働者全体の人数も1.5倍しか増えていないことをを考えると、どう考えても異常な数字としか考えられない。

戦後の日本経済は様々な規制を設けることで、外資の参入を妨害し、まれに見る発展を遂げてきた。
しかしながら、行きすぎた経済成長を喜ばない外資の圧力に負け、従来の様々な規制を緩和・撤廃することを新たな国是とし、一気にこの国の舵を切ってしまった。

もともと真っ当な経済活動というのは、対等な立場に立つ者同士の間でしか成り立たない、というのが私の考え方である。一方が他方に対して、絶対手的に有利・不利な立場に立っている場合には、正常な取引は期待できない。そういう状態にあるときには、仲裁役として公の出動の機会が発生する。

雇用者と被雇用者との関係は当にこの関係に当たる。労働団体の組織率も驚くほど低下し、本来の権利を主張できる力を削がれてしまった労働者の立場を守るべき公が、逆の方向で規制を緩和しようとしていることは、万死に値するとしかいえない。

一方で、国内の中小企業にとっては、低賃金で雇うことのできる、外国人労働者や日雇い派遣労働者が頼みの綱であるという厳しい現実もある。
しかしながら、この場合の問題は、中小企業者と労働者の間ではなく、中小企業と大企業との特別な取引関係にあると考えるべきである。

政府は、競争力の強化を錦の御旗に、(勝ち組)大企業の優遇策をどんどん推し進めてきた。しかしながら、今本当に必要なのは、中小企業と労働者の競争力の強化である。これらが回復することなしに、日本の国際競争力の回復はあり得ない。

2008年5月25日日曜日

仕事で一皮剥ける

最近、「企業で働く人たちのやりがい」などといった、経営学の中の心理学的な部門を研究されている方の著書を読むことが多い。
そんな中で、特に中間層のマネジメント達が、「一皮むけた!」と感じた瞬間はどんなときか。と言うことを丹念なインタビューから分類した著書を読んだことがある。

そこに現れている端緒となった出来事はいくつかのパターンに分けられている。
特に仕事上では、「重要な仕事を任せられ、やり終えた」「特別なシームに抜擢された」「初めて部下を持った」などというケースが多かったようである。

はてさて、自分はどうであったろうか?と言うのが今日のテーマである。
私が今の組織に入って、24年目になる。そのうちの前半生は、あまり関連性のない分野の仕事を転々としてきたが、後半生はずっと、いわゆる産業政策の部門で仕事をしてきた。
その間、いろいろなことがあったが、今現在の時点で振り返ってみて、転機となった事実を上げるとすると、何といっても海外への赴任と言うことがあげられる。

地方自治体の職員であるので、海外の勤務先というのは基本的にはあり得ないのであるが、かつては府内の中小企業の海外展開を支援するためという名目で、ドイツに駐在員事務所を置いており、その駐在員として派遣されることになったのである。
そのときのことは、追々思い出しながら書いていきたいと思うが、今日はキャリア上の転機となった事実と言うことなので、その関係で筆を進めたい。

とはいえ、ここで転機となった事実というのは、海外赴任をしたと言うことではなくて、実はその際に初めて部下をもつことになって、さらにその部下がドイツ人であったということなのである。

その方はドイツ人とはいえ、私のドイツ語より遙かに上手な日本語を操ってくれたので、日常のコミュニケーションに不自由したということはなかったが、そこはやはり論理的なお国柄ですから、指示をする際には、具体的かつ論理的にその内容を説明する必要があった。
日本のように「とりあえず、これやっといて!!」というようなことは通じないのである。
最初は大変苦労したものであるが、だんだん慣れてくると、そうやって彼女に論理的かつ具体的に説明することによって、自分にとってもその仕事の中身を再吟味することができ、非常に自分に取っての訓練になった。

こちらへ帰ってからも、部下に対して何かの指示をする際には、その時代のことが体に染みついているせいか、できるだけ具体的に論理的に説明しようとしている自分に気がつくことがある。(徐々に忘れかけてきていることもあって、ドキッとすることもありますが、、、)

初めて部下を持ったとき、さらにその部下が外国人であって、それまでの常識が通用しなかったとき。
私のキャリアの中で、最大のエポックメイキングな出来事でした。

2008年5月19日月曜日

外国人労働者について

今日付の日本経済新聞の社説で、
外国人労働者問題を取り上げていた。

人口減少社会に向かうことが確実となった日本では、
将来の労働力不足への対策は、緊急の課題である。
常識的に考えて、対策は労働生産性を上げるか、
労働力を新たに確保するしかない。

かつてのドイツでは、外国(特にトルコ)から多数の労働者を受け入れ
ベルリンのように、人口の1割以上をトルコ人が占めている
(その数40万人とも言われた。)という都市も存在する。

現在、日本で特に労働力不足が際立ってきているのが、
介護、看護、農業、林業、機械加工業などで、
いわゆる3K職場であることが共通している。

ところが、実際の労働現場と経営者サイドの
思惑はかなり違うようで、介護、看護など
緊急性の高い分野より、農業、林業、加工業など
単純労働部門での受け入れ議論が先行しているようである。

特に、これらは日本の国際競争力が劣る分野で、
安い労働力を使いたいという経営者側の
勝手な理屈があからさまに見えるようで、
あまり気持ちの良いものではない。

先ほど挙げたベルリンなどでは、
トルコ人が集中して居住する地域ができ、
治安の上でも多くの問題が発生したほか、
職場を奪われた(様に勘違いした)人々による
外国人排斥運(暴)動を引き起こした。

とはいえ、いずれ海外から労働者を受け入れていくことは、
やむを得ないことと考えざるを得ないのではないか。
特に、労働力の需要と供給がマッチしていない
職場にあっては、それ以外に取る道はない。

しかしながら、そのためには取り組むべきことが
いくつかある。

まずは、労働法令の遵守。
当然のことであるが、関連法規を守ることは、
雇用者として当然のことである。
現在のような、人身売買まがいのあっせんや、
最低賃金すら払わない、監禁状態で働かせるなど
言語道断である。

次に重要なことが、生活環境の整備である。
子供の教育問題、買い物から病院まで、
ありとあらゆる分野で、日本語の通じない人々が
生活する上で不自由を感じないような社会基盤を
整えておかなければいけない。

そして、最も大事なことは、我々の意識改革である。
外国人に対する偏見や差別の芽を如何になくすか。
実は、これが最も難しい最大の障壁ではないだろうか。

2008年4月19日土曜日

人の話を聞くと言うこと

今週は、無理を言ってあちこちのセミナー、講演会へ
足繁く通った一週間でした。

16日、17日は大阪へ、18日は同志社大学へと
あちこち、アンテナを張り巡らしては、探し出してきました。

その中で、18日の同志社大学であったものは、
CSRに関するパネルディスカッションと、
伊藤忠商事の宇沢会長による講演会の二本立てで、
先日、宇沢氏の著書に感動した私としては、
大変楽しみにしていた講演会でした。

予定された時間は1時間と短いものでしたが、
含蓄のある素晴らしいものでした。

メインテーマがこれからの日本経済でありましたので、
結びに、今後日本が取組べきものを上げられましたが
その中で、今日本で働く人のほとんどが中小企業で働いている。
ところが、その人達の所得は年を追うごとに下がってきている。
一方で、大企業の従業員の所得は上昇してきている。

これらはまさにグローバル経済の光と影である。

日本経済の再生はこれら中小企業の再生無くしてありえない。
そして、それは官だけの仕事ではない。
官にはとても任せておけない。
官民上げて取組課題である。

私の仕事柄、非常の得るところの多い講演でした。

人の話を聞くと言うことは、とにかく楽しい。