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2014年2月3日月曜日

節分

今日は節分、ということは明日は立春です。
今日は妙に生暖かい一日となりましたが、今夜はこれからグッと冷え込んで、明日は再び真冬がやってくるようです。
東日本や北日本では、雪になりそうな予報です。

さて、今日の節分では、恒例の季節の和菓子シリーズで、「福豆大福」を職場に買っていきました。
いわゆる普通の豆大福の豆が節分にちなんで大豆になっているとお菓子なんですが、たぶん昔はこんなお菓子はなかったですよねぇ?
いつ頃からあるんでしょうか?

節分と言えば豆まきで、京都のあちらこちらの神社やお寺では豆まき行事がされていますが、私が毎日通う道すがらにある“法輪寺(だるま寺)”でも毎年節分の行事をされています。

今年も帰り道に立ち寄って、家族の健康を祈ってまいりました。

早く暖かくなってくれると良いですね。




2013年12月31日火曜日

2013年を振り返って

今日で2013年もお終い。年を重ねるごとに一年が短く感じられ、今年は暑い夏が終わったと思ったら、あっと言う間に冬が来た様な気がする。

大晦日に相応しく、今年一年を振り返ってみたい。

私の中で最大のできごとは、4月から小さいながら一つの課を任されたと言うことになります。
それまでも、それに近いような仕事はしていたのですが、実際やってみると、通常の業務だけでなく、庶務的な対応にかなり時間を取られます。
これをないがしろにすると、職場のみんなが働きづらくなるので、これはやはり最優先で掛からなければならない事柄です。
慣れない身には結構難しい仕事です。

次に大きなできごとというと、長女の就職でしょうか。
まだ実際に社会に出るのは来春のことなのですが、何とか就職内定がもらえて、親としては一安心という所です。
彼女にとって、この就職が最善の選択であったかどうかと言うことは、誰にも判りませんが、すでに就職に向けて、役立ちそうな資格を取得するなど、動き始めている姿を見ると、親としてはとても嬉しいことです。

さらに、社会に対して目を向けてみると、今年は京都府内でも大きな災害に襲われた年でした。
9月に府全域で大洪水を巻き起こした台風18号でしたが、亀岡でもJRの駅構内が水没するなど大きな被害がありました。
特に、この日は直前に亀岡駅前の南郷公園で、女性が殺される事件があり、ダブルで強く印象に残っています。

これら以外にも、いろいろと印象に残るできごとがあった一年でしたが、来年はきっと良い年になると期待して、今年一年のまとめといたします。

皆様良いお年をお迎えくだ

2013年12月8日日曜日

千本釈迦堂の大根炊き

今日は午後に京都市内で仕事があったため、朝方のお天気も好かったことから、午前中から出掛けてきました。

目的地は二カ所ありまして、一つは北野天満宮。
ご存じかどうか、この神社の大門には干支の絵馬が掲げてあり、先日来年の干支である午年の絵馬に掛け変わったとの報道があったので、それを見に行ってきました。


これがその絵馬です。どうですでかいでしょ。


気にとめる人も少なかったのですが、私が参道の真ん中でカメラを構えて、何枚も写真を撮っていたので、それにつられ何名かの参拝客の方々も、写真に収めておられました。

そして、その後はそのすぐ近くにある、千本釈迦堂こと大報恩寺へ。
こちらは、昨日と今日が「大根炊き」の日でして、朝の10時からと言うことだったので、込まないうちにと思い、突撃いたしました。


到着した頃は、お天気も好く、人出もこれからという感じでした。




大きな鍋でゆがかれた大根は、手際よく盛りつけられていきます。


こちらがその大根。大きな大根が3切れとお揚げさんで1000円也。
もともとは聖護院大根を使っていたそうですが、今は普通の大根が使われています。



こちらでは、自宅用の生大根が売られていましたが、これは本来の聖護院大根が売られていました。



ほんの20分ほどの間に、境内には人があふれ出しました。


これは、大根の券を買い求める人の行列です。
私が到着したときは、行列なんて全くなく、すぐに買うことができたのですが、すでに大行列となっていました。

おまけにこの頃には小雨が降り出してきたので、早々に次の場所へ向けて退散いたしました。

2013年11月16日土曜日

宇治へ行ってきました

今日は、宇治であった全国お茶まつりに行ってきました。
ついでに久しぶりに宇治の町をぶらぶらしてまいりました。


とはいえ、紅葉にはまだまだ早いこの時期、平等院の楓はこれくらい。
まだグラデーションの段階ですね。


宇治川沿いに少し上ったところにある興聖寺というお寺です。
曹洞宗の開祖である道元禅師が開いた禅道場がその前身です。


こちらの参道は楓の木に覆われているのですが、まだまだ綺麗な緑。
一部に赤くなった葉っぱも見えます。




これを叩いて時間を告げます。


ここは、世界遺産に登録されている宇治上神社です。


この建物は覆屋で、この中に本殿があります。
現存する最古の神社建築、覆屋だそうで、国宝です。


次は京阪電車に乗って、黄檗山万福寺へ。



禅宗のお寺はピント空気が張り詰めた感があって、大好きです。




2013年4月27日土曜日

総持寺

気がつけば、22日以来本当に久しぶりの投稿になりました。
実はこの間、毎晩会食があって、帰宅が遅くなり、投稿ができなかったのです。

会食は、お客さんとの会食あり、職場の仲間との食事、はたまた歓送迎会などなど、バラエティに富んでおりますが、おかげでどえらい体重が増えてしまいました。

連休中に頑張って元に戻さなければ、、、と思うのですが、どうでしょうか。

今日は、昨日の夜に横浜で仕事があったので、そのまま横浜に泊まり、夕方京都へ戻ってきました。

横浜では空いた時間を使って、フラフラとしてました。

特に横浜からほど近い、川崎市の鶴見というところに、曹洞宗の総本山である総持寺というお寺を初めて訪れました。

曹洞宗のもう一つの本山である永平寺には以前行ったことがあるのですが、山深いところにある永平寺と違い、総持寺は町の真ん中に広大な敷地を占めており、とても不思議な光景でした。





2013年3月11日月曜日

三寒四温

今日は打って変わってとても寒い一日になりました。
あの大震災から丸2年が経ちました。
犠牲になった多くの人のご冥福をお祈りいたします。
北の地方は今日も吹雪のところもあったとか。
一日も早く春が来ますように。

2013年1月10日木曜日

十日戎

今日は1月10日、十日戎でした。


朝のテレビでは、西宮恵比寿神社の福男のニュースで持ちきりでしたが、京都市内でも八坂神社にある蛭子神社と祇園にある恵比寿神社で、それぞれ“えべっさん”の祭礼が行われておりました。

どうして、そんな時間に出歩いていたかというと、今日は半年の一度の定期検診の日で、朝から病院の診察を受けておりました。

結果は特に異状なく、再び半年後の診察日を予約して帰って参りました。

思えば、当初の発病から8年、再発後からも7年が経過しており、普通ならまぁ完治した、と言っても好い状態だそうです。

ただ私も精神衛生上、念のためできるだけ頻繁に診てもらうほうがありがたいので、もうくるなと謂われるまで通い続けようかと思っています。


2012年10月23日火曜日

今日は宵々山

今朝はすごい雨になりましたね。
おまけに雷まで鳴り出して、思わずその稲妻と雷鳴で目が覚めてしまいました。

うちを出る頃には、警報も出ていて、そのためバスは遅れるわ、電車も遅れるわで、始業時ジャストに職場にたどり着きました。

その雨も午後には止み初め、青空も出て参りましたが、夕方帰る頃には再び降り始め、結局終日雨に降られる一日となりました。

今夜は、雨にもかかわらず亀岡祭りの宵々山で、雨の中山鉾を目当てにそぞろ歩く方も多数おられました。

町内は、行灯も並べられ、まさに亀岡・花灯路の風情が楽しめます。

明日はきっと良いお天気になって、人ももっと増えることでしょう。

ただし、かなり寒い。

2012年10月21日日曜日

善峯寺

今日は、西京にある善峯寺へ行って参りました。



“日本一”と名高い、飛龍松のあるところですね。


今日は、本坊のお庭も特別に公開されていて、参拝のお客さんも多く来られていました。


このお寺、戦国時代に荒れ果てていたところ、徳川5代将軍の生母である桂昌院が深く帰依して、今の堂坊を建立したそうで、域内には桂昌院の墓所もありました。

歴史的には悪名高い女性ですが、実のところはどうだったのでしょうね。

2012年8月16日木曜日

大文字を見ると

今日は8月16日。京都では大文字、五山の送り火がありました。
例年、ちょうど帰宅時間に当たるため、JR円町駅のホームから金閣寺の裏手にある大文字を見ることができます。

ちょうど7年前と8年前のこの日は、3、4日後に手術を控え、京都大学病院に入院中で、院内の廊下の窓から間近に見える大文字を見つめていました。

あのときには、どうしようもないやるせなさと、漠っとした不安に押しつぶされそうになりながら、眺めていたことを思いだします。

思えば、あれからいろいろなことがありました。

楽しかったこともありますが、どちらかというと、辛かったことや悲しかったことの方が数多く思い出されるのはなぜでしょうか。

今年もまた、この日がやってきて、あの日のこと、あれからの日々に改めて思いをはせています。

2012年6月17日日曜日

東林院の沙羅双樹

先日、“ブッダ最後の旅”と言う本を読みました。
“大パリニッパーナ経”という教典の中の、ブッダ入滅のころのできごとを翻訳されたものです。

ブッダが最期を迎えようとしたとき、周囲の沙羅双樹の木が一斉に咲き、ブッダの体の上に降り注ぐ様が描写されています。

今日はたまたま新聞で“妙心寺、東林院”の沙羅双樹が見頃という記事を読んで、出かけてきました。

沙羅双樹は“夏椿”と言われ、この時期、朝に開花して午後には散ってしまう命の短い花で、人の世の常ならぬことを象徴していると言われています。


お寺を訪ねたのは、午後1時頃だったのですが、すでに樹上に花は無く、全て地面に散っておりました。


このように、花がそのままの形で散る様は、まさに“夏椿”。



今は、お抹茶の接待つきで、1名1565円で入山できます。
小学生以下は無料だそうで、梅雨の晴れ間のひとときには最適な空間でした。


2012年5月31日木曜日

再稼働

今日で5月も終わり、明日から6月です。
もうしばらくすると、うっとうしい梅雨が始まります。

今年は電力不足が予想されると言うことで、例年以上にうっとうしさが加重される懸念もあります。

懸案となっていた関西電力の大飯原発の再稼働は、どうやらなし崩し的に始まりそうな予感です。

この判断は正しかったのか、どうなのか。

その審判が下るような事態にはなってほしくないというのが万人の気持ちでしょう。

あのような悲劇は繰り返されてはならない。

信じると言うより、祈るのみです。

2012年4月23日月曜日

またも悲しい事故が

今日の京都は、昨日とは打って変わって良いお天気で、気温も上がり、日中は暑いくらいの一日でした。

ところが、その平穏をぶちこわすとんでもない事件が、京都府内のそれもこの亀岡市内で起こりました。
つい先日の悪夢を彷彿とさせるような、痛ましい交通事故でした。

今度の事故では、朝の集団登校の列に無免許のバカ造が運転する軽自動車が突っ込み、10数名をはね飛ばし、胎児を含む3名の尊い命が失われました。

一晩中車を乗り回して遊んでいたことによる居眠り運転の疑いが強いようです。

当然無免許なので、誰かの車を勝手に運転していたのだろうと思われるが、過去にも自動二輪車の無免許運転で検挙されているようで、もともと法律を守ろうとか、人の命が大切だなどと言うことをこれっぽっちも考えたことがない連中であることは明らかである。

今回事件を起こした連中が将来、改悛したり、更生することがあるとはとても思えないのですが彼らを裁くのも法律なので、与えることができる刑罰には自ずと限界があります。

運転手の父親がコメントしているように、一生をかけて償っていただくことを祈るのみです。

自分よりも若い人たちが、理不尽なことで命を失うことはとても悲しいことです。
ましてや将来ある子供たちの命が、こんなことで失われるようなことがあってはいけません。

2012年4月13日金曜日

祇園での大事故

昨日、桜満開の京都市内で、非常に哀しい大事故が起きました。
あろう事か、京都のど真ん中にある繁華街で、18名の死傷者を出す交通事故です。

ちょうど、事故から1時間後くらいにタクシーで現場付近を通りかかったところ、大渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなりかかったときに、初めてニュースで知りました。

ニュースを聞いたときは、若造がタクシーに接触したのを逃げ切るために、暴走を続けたものと思い、てっきり薬でもやっていたか避けでも飲んでいたかのどちらかだと思っておりました。

ところがその後の報道を見ると、どうやら運転していた青年は、急に気を失う持病を持っていたらしく、家族から車の運転をする仕事を辞めるように勧められていたそうです。

おそらく、今のご時世では、少しでも不利な条件があると、職を失いかねないという恐れからそういったことを言い出せなかったのではと邪推してしまいます。

この事故では、京都観光にきていて巻き込まれてしまった方も多く、京都府民として申し訳ないような気持ちです。京都に悪い印象を持たれてしまったことを悔やんでしまいます。

お亡くなりになった方々の御冥福とお怪我をされた方々の一日も早い御快復をお祈りします。


2012年3月14日水曜日

震災からの復興に向けて

今日は、夕方から何度か東日本地域で地震があったようです。
最近は地震があると、メールで知らせてくれるサービスがあり、そのたびに携帯にメールが届きます。
なかには発生と同時に緊急通報してくれるサービスもあるそうですが。

昨年の惨劇から一年が過ぎて、またぞろ不穏な動きが見られるというのは、被災地の方々にとっては本当に不安が募ることかと思います。

一日でも早い復興をとは思いながらも、原発といい地震といい、なかなか思うようにはいかないものです。

復興へのだ一歩となる瓦礫の処理も、放射能の問題などで忌避される自治体が多く、なかなか進みません。

それを政府のせいだという論調もどうかと思いますが、ここは全国民が一致団結して、復興への協力をしていくべきかと思います。

2012年3月9日金曜日

震災から1年

今日は3月9日。ちょうど昨年のこの金曜日のことでしたね。

何もない、平和な昼下がりでした。

午後のある時間から、私たちの目はテレビに釘付けになりました。

まさかこの平和な国で、あのような恐ろしい景色をテレビを通じ、リアルタイムで見せられることになろうとは。

まさにあの一瞬で、私たちの価値観はひっくり返されました。

私たちが万能であると信じていたものは、実は砂上の楼閣でした。

私たちが最後に信じることができるのは、人と人との絆でした。

いま、このときに私たちの生き方を考え直さなければ行けません。

ひょっとして最後の機会かもしれません。

今この時をおいて、ほかにはあり得ないでしょう。

2012年3月4日日曜日

震災から1年

今日、昨年の大震災による津波で全校生徒の7割が犠牲となった宮城県石巻市の大川小学校で一周忌の法要が行われたそうである。

同小学校の悲劇は、今回の犠牲の中でもとりわけ悲惨なできごとの一つとして、私たちの心に深く突き刺さっています。

70名の子供たちの命が瞬時に奪われる。絶対にあってはならないこと、あってほしくないことが起きてしまいました。

現場ではまだ行方の判らない児童もおられるそうです。

やり場のない憤りでいっぱいです。

せめて安らかに眠ってください。

2012年3月1日木曜日

3月になりました

3月になりました。

またあの日が近づいてきました。

やっと一年が経つのですね。

未だ行方の判らない方もたくさんおられます。

復興への道のりはまだまだです。

いまここでこうしていることの幸せをかみしめつつ

遠く東の空に祈りを捧げます。

2012年1月17日火曜日

1月17日

今年も今日がやってきました。
阪神淡路大震災から数えて17年になります。

私にとっては、経験したことのない最大の悲劇でした。
今年はさらにもう一つの惨劇がこれに加わりました。

この惨劇は今もなお継続しています。

今日、注文していた田坂広志さんの『いかに生きるか』という本が届きました。
お昼休みに一気に読んでしまいました。

簡単な文章ですがとても心にしみる熱い言葉が続いています。

私たちは、これらの惨劇を決して忘れてはいけないと思います。

そして、なにより犠牲になった方々に心からの黙祷を捧げます。

2012年1月9日月曜日

成人の日に

今日は1月の第二月曜日、成人の日です。
昔は1月15日と決まっていたのですが、いつの間にかわざわざこの日に設定されています。 

我が家の長女も1991年生まれなので、今日が成人式でしたが、そんな式なんかツマランと、友達と遊びに行ってしまいました。 そういえば自分も約30年前にこの日を迎えたはずですが、当時は高松で学生生活を送っており、こんな式典に出席することなんか、これっぽっちも考えませんでした。

ところで、今日の朝日新聞の天声人語と社説ではそろって、このテーマを取り上げています。 それぞれから、少し引用させてもらいます。 
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『天声人語』から
▼わが高校時代の天声人語を読んでみても、随分な言われようだ。「歩く鍛錬が少ないから体中の筋肉がゆるみ、電車の中でだらんと足を投げ出す」「学校と自宅という線を結んだ受験勉強以外に手ごたえのある現実が乏しい」▼まだまだある。「大時代的な大志は少なくなったが、志まで薄れて『先は見えているんだ』などと分かった風なことをいう」――。40年近くも前なのに、今朝の記事から抜いてきたようだ。これは悲劇なのか、喜劇というべきか。
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『社説~成人の日に 尾崎豊を知っているか』から
20代の7割が現在の生活に満足している、との調査結果を紹介している。過去40年で最高だ。
将来の希望が見えないなか、未来を探すより、親しい仲間と「いま、ここ」の身近な幸せをかみしめる。そんな価値観が広まっているという。
なるほどね。いくら「若者よもっと怒れ」と言っても、こんな社会にした大人の責任はどうよ、と問い返されると、オヤジとしても、なあ……。
でも、言わせてもらう。
私たちは最近の社説でも、世界の政治は若者が動かし始めたと説き、若者よ当事者意識を持てと促した。それだけ社会が危うくなっていると思うからだ。
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「最近の若い者は」という言われ様は、古代ギリシャの時代から使われていたことだそうで、若者たちは常に社会のセインパイから、歯がゆく、危うく見られる運命にあります。
かつて親父たちがそうであったように。そうでなければ、親父たちのアイデンティティが保てないから。 

さらに、親父の意見と若者たちの意見が衝突するとき、ほとんどの場合、若者たちの意見が正しい。悔しいけれど、親父たちはそのことを十分すぎるくらいよく知っている。かつて、自分が通った道だから。

私の人生は、良くてあと30年。娘たちはさらに30年以上の長い人生を歩みます。 
その人生が、楽しく、悔いのないものであることを、祈ってやまない。