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2013年5月8日水曜日

神様!!

昨夜は、帰宅が遅くなってしまったので、投稿ができませんでした。

今日は、一旦職場へ出勤した後、お昼前の電車で舞鶴へ行って参りました。

ところが、意気の電車に乗ろうとしたところで、財布の中にいつも入っているはずのクレジットカードが見当たらず、どうやらどこかで紛失した様子。
電車の中から、カード会社に電話をしようとすると、スマホの調子が悪く、電話が全くかけらない状態が続き、結局舞鶴へ着いてから、ようやく手続きができました。

そんな状態でしたので、どうも朝からいやな予感がしていたところ、今日の舞鶴行きでは、あちらこちらで問題が噴出。
どうにもこうにも、にっちもさっちも行かないような問題ばかりが目の前に表れて参りました。

それぞれが、全て別の独立した話で、はてさて短時間でどこまで解決手段が見つかるものか、さっぱり見当がつきません。

幸運の女神様!!私に微笑んでください!!

2013年3月17日日曜日

篠村八幡宮

今日はとてもお天気が良かったので、午後はカメラ片手に自転車で亀岡市内をフラフラと散策しておりました。

最初の目的地は“篠村八幡宮”。





亀岡から京都へ向かう山越えの道のすぐ手前にある“旧篠村”にある大きな神社です。
山越えのすぐ手前と言うことは、京都から山陰道を進み、最初の峠を越えたところ、と言う意味ですね。

ここは、足利尊氏が旗揚げをした地として知られているのですが、ご存じのとおり戦前、足利尊氏は逆賊として徹底的に忌み嫌われていたため、彼の足跡もよく知られていないのは残念です。

続いて、篠村八幡宮から少し外れると、鵜ノ川という川に出ます。

この両岸が、これまた見事な棚田になっていて、今は何も無い春ですが、秋には見事な風景になることでしょう。



そして、この川で見かけたのが、彼(女?)らです。






しばし、見とれてしまいました。

実は、このあともお寺や神社を廻ってきたのですが、それはまた次の機会に。

2013年3月7日木曜日

北丹後地震


今日3月7日は、京都府北部では直近で最大の被害を受けた、北丹後地震から86年目に当たります。昭和2年と言いますから、私の父もまだ生まれていない時代のことです。

この地震では、郷村断層という断層が大きく動き、中程でマンガのようにずれてしまった道路の写真はとても有名です。

私の育った舞鶴、京都府北部は比較的地震の少ない場所という認識で、津波による被害を受けたところもないと思われていましたが、お隣の福井県には、多数の原子力発電所が立地していると言うこともあって、過去の津波の事蹟が集められています。その結果、舞鶴を含む丹後地方でも過去には津波の被害があったのではないかという形跡が見られるようです。

地震国日本では、地震による被害を全く受ける可能性がないところは存在しません。

備えあれば憂いなしといいますが、備えていても逃れられないのが、この災害の恐ろしさだと思います。

来週11日は、あの大震災から丸二年になります。
改めて、お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします。

2013年2月25日月曜日

夜の北野天満宮

今日は2月25日、旧暦なら菅原道真の命日です。

京都の北野天満宮では、梅花祭という例祭があったのですが、さらに毎月25日は“天神さんの縁日”と夜間も境内が開放され、参拝することができます。

今日は、やたらと寒かったのですが、それにもめげず職場からの帰り道に、少し遠回りをして、参拝して参りました。

写真で、その寒さが伝わるでしょうか。








2013年1月12日土曜日

白峯神社

今日、東京の国立競技場で行われた全国高校サッカー選手権の準決勝で、京都府代表の京都橘高校が勝利し、明後日の決勝戦へ駒を進めました。

府代表としては一昨年の久御山高校に続く快挙です。
今回は是非とも全国制覇を願っています。

ところで京都市内の御所の近くに白峯神社という神社があります。
ここは古くから蹴鞠の神様として名高く、それが転じて今では“サッカーの神様”“スポーツの神様”として全国から参拝客が来られます。

何とか、この神にあやかって見事勝利を収めて欲しいモノです。








2013年1月10日木曜日

十日戎

今日は1月10日、十日戎でした。


朝のテレビでは、西宮恵比寿神社の福男のニュースで持ちきりでしたが、京都市内でも八坂神社にある蛭子神社と祇園にある恵比寿神社で、それぞれ“えべっさん”の祭礼が行われておりました。

どうして、そんな時間に出歩いていたかというと、今日は半年の一度の定期検診の日で、朝から病院の診察を受けておりました。

結果は特に異状なく、再び半年後の診察日を予約して帰って参りました。

思えば、当初の発病から8年、再発後からも7年が経過しており、普通ならまぁ完治した、と言っても好い状態だそうです。

ただ私も精神衛生上、念のためできるだけ頻繁に診てもらうほうがありがたいので、もうくるなと謂われるまで通い続けようかと思っています。


2012年12月26日水曜日

北野天満宮


今朝、例によって北野天満宮へ寄ってから、職場へ参りました。
今年も大きな絵馬が揚げられ、迎春準備は万端です。

それにしても今日は寒かった。

2012年6月27日水曜日

大将軍八神社


今年も茅の輪くぐりの季節です。
正しいくぐり方は次のとおり
左回り
右回り
正面に進み
拝殿で二拝、二拍手、一拝
だそうです。

2011年12月17日土曜日

清荒神

清荒神というと、宝塚市にあるそれが大層有名ですが、実は京都市内にも荒神さんはあります。
御所の東側、河原町通を北上すると、「荒神口」という通があるのですが、これはつまり荒神さんへの入り口です。




今日の出勤途上で、カメラに収めました。
街中とは思えない静けさです。



2011年10月5日水曜日

フランスへ

しばらく、ゆっくりと更新作業をすることができませんでした。
今は、再来週に迫ったフランス出張の準備で、毎日が嵐のように過ぎていきます。

実質1週間という短い期間で、4つの都市を巡り、それぞれで大きな事業を実施する予定です。
それぞれ、別のセクションが担当するわけですが、それを束ねる役目を仰せつかっており、本当に目が回るような忙しさです。

これからしばらくはゆっくりと更新作業をする暇がないかもしれませんが、お許しを。

そしてさらに、フランスから帰ってきたら、次は国民文化祭が始まります。
我々のセクションでも、期間中に大きな事業を予定しています。

どうやら、この先11月中旬頃までは、休みが全く取れそうにありません。
何とか乗り切れますよう、神に祈る気持ちです。

ところで、この写真は私の友人が送ってくれたものです。
勝手に使わせてもらいます。お許しを。

皆さんも「まゆまろ」応援してやってください。


2011年8月20日土曜日

崇神天皇社・出雲大神宮

今日は久しぶりにカメラを持って、ぶらりと出かけました。
途中から雨が降ってきたので、急ぎ足でしたが、亀岡市の千歳町にある出雲大神宮へ出かけてきました。



丹波地方の一の宮としてまつられている出雲神社ですが、こちらもやはり大国主命をお祭りしており、縁結びの神様という重役を担っておられます。

一方で、この神社でわき出る清水が有名で、結構遠くから汲みにやってくる人がたくさんおられるようです。
最近では、容器に入れやすいように工夫もされてるようで、今日も雨の中大きなポリ容器を抱えた方が何組かおられました。



今日まで気がつかなかったのですが、摂社としていくつかの小宮さんが祀られているのですが、その中に「崇神天皇社」という珍しい祠を見つけました。
祭神がそのまま社の名前になっているのも珍しいのですが、この社名も不勉強にして聞いたことがありません。

崇神天皇と言えば、歴史上実在が確実視される最古の天皇です。

鬱蒼と茂った森の中にあって、何とはなく荘厳な雰囲気でした。





2011年6月29日水曜日

折り返し

明日は6月30日、一年の折り返しです。
夏越の祓いですね。

今年の前半を振り返ると、私的には幸運が続いていたのですが、職場ではいろいろとトラブル続きで、そのうちお祓いでもしなきゃいかんと話していたところです。

なかなかそういう訳にはいきませんが、明日は職場のみんなと後半戦へ向けて、気持ちを新たにしたいと思っています。

明日も暑くなりそうです。とても6月とは思えませんが、何とか上手く乗り越えていきたいものです。

2011年6月15日水曜日

診察日変更

今週も週明けから帰りが遅く、ブログの更新ができませんでした。
実は、今週月曜日は本来なれば、先日のCT検査の結果を聞くための診察日だったのですが、先週末に急に電話がかかってきて、明日に診察日を変更することになりました。

そういえば、今から6年前、病気が再発したときも、CT検査の後その結果を聞くための診察予定日を、早くしたいという電話がかかってきて、数日前倒ししたことを思い出します。

そのときには、何か見つかったから早めるのかと先生に尋ねたところ、たまたま出張が入ったからと言われたのですが、今回は主治医が変わりますという理由によるものです。

ということで、明日の午後に病院へ行くことになっているのですが、はてさてどのような診断が下されるのか、こればっかりは何回受けても緊張するものです。

今回も何もありませんように。

2011年6月3日金曜日

あれから20年

今からちょうど20年前、長崎県の雲仙岳で大火砕流が発生し、多くの方が亡くなりました。
当時私は土木建築部の砂防課へ異動したところで、雲仙岳の噴火や火砕流、土石流のニュースを興味深く見ておりました。

このとき亡くなった多くの方は、マスコミの方が多く、活発化する雲仙岳の取材をしていて、火砕流に巻き込まれたのでした。

当然のことながら、マスコミの災害取材のあり方そのものが問われる事件となり、後味の悪いこととなりました。

20年後の今は、北の地方でさらに大きな災害が起こっております。
今朝のニュースでは、避難されている方がようやく10万人を切りました。
一刻も早く、通常の生活に戻れるよう祈っています。

あれからまもなく3ヶ月になります。

2011年5月29日日曜日

大雨に注意

ときならぬ台風のおかげで今日は一日雨模様でした。
かなりきつく降り続き、今も山城南部を除く、府内のほぼ全域に警報が出ています。
今夜遅くまで警戒が必要で、油断できません。

東北地方では前の地震の際、広い面積で地盤沈下が起こり、海抜ゼロメートル以下の地域が数十平方キロに渉って出現してしまったそうです。

また、海からの高潮を防ぐための堤防などもほとんどが被災したため、台風による高波で再び災害が起きないかと心配されます。

何度も申し上げますが、今年の天気は本当にどうかしている。

5月に2つも台風が日本列島を襲い、同時に梅雨入りまでしてしまう。

神様、次はいったい何をお考えですか。

2011年5月2日月曜日

オサマビンラディン

今日、パキスタンで潜伏していたオサマビンラディンがアメリカ軍によって殺害されたそうです。
2001年の9.11から10年、ようやくアメリカが復讐を果たした瞬間です。

アメリカが如何に否定しようと、今回の抗争は宗教戦争であることは間違いないでしょう。

お互いの譲れない価値観に根があるだけに、両者の考えは相容れないものがあるでしょう。

このまま、収まりが付くとは思えません。

復讐は新たな恨みを惹起し、新たな復讐へとつながる。
まるで無限ループのように。

何とかそこから抜け出さないと、未来はない。

2011年3月29日火曜日

原子力発電

先日実施されたドイツ連邦共和国の州議会選挙で、連邦政権与党の「キリスト教民主同盟」が大きく議席を減らし、原子力発電反対を掲げる「緑の党」が、大きく票を伸ばしたようである。

特に「バーデン・ビュルテンベルク州」では「緑の党」の代表者が初めて州首相に就くことが確実視されている。

この選挙結果には、直前に起こった日本の東北地方大地震と福島原子力発電所の事故が、大きく影響しているようで、思わぬところに波紋を広げているようである。

今から10数年前、私がまだドイツに滞在していた頃の連邦議会選挙で、キリスト教民主同盟と社会民主党の歴史的な政権交代劇があり、社会民主党と緑の党が連立内閣を組んだことがあり、そのとき初めて緑の党が国政レベルで、政権に関与することになった。

実は、そのとき緑の党と社会民主党は、原子力発電撤廃を構想として掲げたことがあったが、結果的にその構想を実現することなく、選挙に敗れることとなった。

今回、世界の原子力発電事業者にとっては、大変厳しい状況を迎えたことは間違いない。実は現に私のふるさとは、原子力発電所からほぼ30kmの圏内にすっぽりと収まってしまっている。

ことが起こった場合、非常に広範囲に大きな被害を与える恐れのあるモノであり、その安全性には通常以上の配慮が必要である。何があっても安全でないと、作ってはいけないモノなのではないか。