二日連続のエントリーです。最近ではほぼ奇跡に近いできごとですね。
さて、今日は私の仕事の一部についてお話ししたいのですが、本日商船三井各船という会社の『にっぽん丸』という客船の来年度上半期のクルーズ予定が発表になりました。
その中で、来年のゴールデンウィークに、横浜発着で日本を一回りするクルーズコースが発売されることになり、その途中4月30日に、丹後半島の伊根に寄港することが決まりました。
伊根浦舟屋群で有名な伊根という港は、実は本当に小さな漁港でして、大型の客船が接岸できるような埠頭はありませんので、今回は沖合に停泊しつつ、渡船でお客さんを伊根浦に運ぶという方法が採られます。
もちろん、伊根にとっては、客船が来るなんてことは過去に例のないことであり、その受け入れのためには、これから半年を掛けてしっかりと準備していく必要があります。
とはいえ、この港は本来、人がやってくる港ではなく、漁を生業とされている方々のための港であり、観光名所となっている伊根浦舟屋群も、その皆さんが生活をされている場所でもあります。
ここで生活される皆さんの迷惑にならないようにすることはもちろんですが、できれば町民の皆さんにも喜んで頂けるようなおもてなしを考えていきたいと思います。
2014年11月10日月曜日
2014年11月9日日曜日
ベルリンの壁崩壊から25年
今日は11月9日。あのベルリンの壁が崩壊して、ちょうど25年という節目の年になる。
今から14年前、2000年までの3年間をベルリンで過ごすことができ、ブランデンブルク門や壁の跡などを巡ったことを思い出す。
当時、壁がなくなってちょうど10年を迎えた頃で、まだまだ東西の格差が縮まらないことが大きな社会問題となっていたが、ここ数日の報道を見ていると、その状況にはほとんど変化がないようで、むしろその差は拡大しているのではないかという気すらしてくる。
当時も、豊かな西のから集めた税を、東の復興に充てることに反対の声が多かったが、今はどうなっているのだろうか。
停滞が叫ばれるユーロ圏の中で、ドイツ経済だけが好調だと言われている。一方で、旧東にはその恩恵が及んでいないとしたら。
国のありようとしてはどうなのだろうか。もう25年。あるいはまだ25年。どう考えるかによって、施策の有り様は違ってくる。
実はベルリンに壁が築かれていたのは、1961年から89年までの28年間だけなのである。もうすぐその長さに並んでしまう。
2014年10月19日日曜日
お久しぶり!です
皆様、大変お久しぶりです。
気がつけば、何と4ヶ月のエントリーとなってしまいました。
ひょっとすると、一部の方々には大層ご心配をおかけしたのではないかと思うのですが、どうも申し訳ありませんでした。
さて、この間にいったい何があったのか、ということですが、実は今回は少々事情がありました。
とはいえ6月7月の間は、特に際立った事情もなく、ただ単に少々忙しくて、エントリーをサボっていただけだったのですが、8月の後半に入りガラリと事情が変わってしまいました。
といいますのも、お盆明けから、家内が急遽入院することになってしまい、その間の家事を全て私がやらなければならなくなったため、自分の時間というモノが全く存在しなくなってしまったのです。
幸い、少々長引いたものの、先週末に無事退院してきまして、約2ヶ月に渡る私の主夫生活は終わりを告げ、今ではすっかり元の何もしない宿六に成り下がってしまいました。
この2ヶ月間は、7時前に勤めに出る長女と中学生の次女のため、朝食と弁当を準備するため5時半には目を覚まし、夕方にはダッシュで帰宅し夕食の準備をするという日々を繰り返しておりました。
また、長女の勤める会社は土日が休みではないため、それこそ休みなく毎朝この時間に準備をしなければなりません。
夜はといえば、次女が週の半分は夜の10時頃まで塾へ行っているもので、その後に夕食を食べさせ、風呂に入り、洗濯をしていたので、就寝は0時過ぎ。毎日が5時間程度の睡眠時間となったため、それこそ毎日の通勤電車の中では爆睡状態でした。
考えてみれば、入院する前の家内は毎日こんな生活を繰り返していたと言うことであり、今更ながら感謝に堪えないところです。今はまた、もtの生活に徐々に戻りつつあるのですが、今後は決して無理をさせないように、少し手伝っていかなければいけないなと思っております。
そんなわけで、しばらくはエントリーが途絶えておりましたが、この後はまた折に触れ書き綴ってまいりたいと思います。どうぞよろしく。
気がつけば、何と4ヶ月のエントリーとなってしまいました。
ひょっとすると、一部の方々には大層ご心配をおかけしたのではないかと思うのですが、どうも申し訳ありませんでした。
さて、この間にいったい何があったのか、ということですが、実は今回は少々事情がありました。
とはいえ6月7月の間は、特に際立った事情もなく、ただ単に少々忙しくて、エントリーをサボっていただけだったのですが、8月の後半に入りガラリと事情が変わってしまいました。
といいますのも、お盆明けから、家内が急遽入院することになってしまい、その間の家事を全て私がやらなければならなくなったため、自分の時間というモノが全く存在しなくなってしまったのです。
幸い、少々長引いたものの、先週末に無事退院してきまして、約2ヶ月に渡る私の主夫生活は終わりを告げ、今ではすっかり元の何もしない宿六に成り下がってしまいました。
この2ヶ月間は、7時前に勤めに出る長女と中学生の次女のため、朝食と弁当を準備するため5時半には目を覚まし、夕方にはダッシュで帰宅し夕食の準備をするという日々を繰り返しておりました。
また、長女の勤める会社は土日が休みではないため、それこそ休みなく毎朝この時間に準備をしなければなりません。
夜はといえば、次女が週の半分は夜の10時頃まで塾へ行っているもので、その後に夕食を食べさせ、風呂に入り、洗濯をしていたので、就寝は0時過ぎ。毎日が5時間程度の睡眠時間となったため、それこそ毎日の通勤電車の中では爆睡状態でした。
考えてみれば、入院する前の家内は毎日こんな生活を繰り返していたと言うことであり、今更ながら感謝に堪えないところです。今はまた、もtの生活に徐々に戻りつつあるのですが、今後は決して無理をさせないように、少し手伝っていかなければいけないなと思っております。
そんなわけで、しばらくはエントリーが途絶えておりましたが、この後はまた折に触れ書き綴ってまいりたいと思います。どうぞよろしく。
2014年6月5日木曜日
梅雨入り
関西地方では昨日6月4日に梅雨入りしたようで、夕方から雨になり、今日も朝から
雨がぱらついておりました。昨年は5月中に梅雨入りしたことを考えると、例年より
少し早いとはいえ、まずまず平年とおりと言えるでしょう。
ただこれから1か月以上は、じめじめした日が続くと思うと、気持ちは晴れやかとは
言えないのが正直なところです。
特にこの時期いちばん鬱陶しいのが、朝の通勤時間帯で、電車もさることながら、バ
スになると人が一杯で、雨に濡れた傘がべっとりとまとわりついたり、付けられた
り、車内は雲ができるのではないかと思えるくらいの湿度で、十数分の移動だけで、
ぐったりと疲れてしまいます。
そういえば、子供の頃の梅雨の時期というと、我が家の周りでも蛍の飛び舞う風景が
見られました。もともと清流に棲むと言われているのですが、家の前に小さな小川が
流れていたり、裏山からチョロチョロと湧き水があって、水蕗や山葵が自生していた
りと、蛍が棲む環境としては最適だったのではないかと思います。
最近では、都会でも蛍を戻すために、川を美しくする運動が盛んに行われています。
今の我が家の近くの川でも、この時期になると蛍の乱舞が見られます。とは言いなが
ら、その川も三面をコンクリートで固められ、昔のような情緒は感じられません。
無い物ねだりとは解っていますが、少し残念な気がしています。
雨がぱらついておりました。昨年は5月中に梅雨入りしたことを考えると、例年より
少し早いとはいえ、まずまず平年とおりと言えるでしょう。
ただこれから1か月以上は、じめじめした日が続くと思うと、気持ちは晴れやかとは
言えないのが正直なところです。
特にこの時期いちばん鬱陶しいのが、朝の通勤時間帯で、電車もさることながら、バ
スになると人が一杯で、雨に濡れた傘がべっとりとまとわりついたり、付けられた
り、車内は雲ができるのではないかと思えるくらいの湿度で、十数分の移動だけで、
ぐったりと疲れてしまいます。
そういえば、子供の頃の梅雨の時期というと、我が家の周りでも蛍の飛び舞う風景が
見られました。もともと清流に棲むと言われているのですが、家の前に小さな小川が
流れていたり、裏山からチョロチョロと湧き水があって、水蕗や山葵が自生していた
りと、蛍が棲む環境としては最適だったのではないかと思います。
最近では、都会でも蛍を戻すために、川を美しくする運動が盛んに行われています。
今の我が家の近くの川でも、この時期になると蛍の乱舞が見られます。とは言いなが
ら、その川も三面をコンクリートで固められ、昔のような情緒は感じられません。
無い物ねだりとは解っていますが、少し残念な気がしています。
2014年5月29日木曜日
今年の梅雨は
今日は全国各地で真夏日になったところが多かったようです。
職場でも、下手すると熱中症になるんではないかと思わせるくらいの暑さになり、いつも以上に水分を多量に補給するようにしておりました。
昨年の日記を見てみると、ちょうど今頃に梅雨入りしたようですが、平年でもあと10日もすれば、あの嫌な季節がやってきます。
この雨も、作物の生育には欠かせないとはいえ、満員の電車の中の湿気、濡れた雨傘は本当に嫌なものです。
さて今年の梅雨は、どういった様相になるのでしょうか。
2014年5月26日月曜日
スマートフォンを
5月に入って、11日と25日の各日曜日に、京都舞鶴港にクルーズ客船が入港し、その対応のため、前日から舞鶴に乗り込んでいました。
昨日は、気温もぐんぐん上がったうえに、湿度も相当高かったようで、かなり疲れ果て、埠頭や田辺城公園で販売されている生ビールを恨めしげに眺めながら、お茶とお水で耐えておりました。
そして、夕方には無事船を送り出し、その帰りの電車の中で、やっと手にしたビールが効いたせいか、電車を乗り換える際、車内にスマートフォンを忘れてしまいました。
といっても、気がついたのは亀岡駅で降りて、さてメールでもと思いポケットや鞄の中を探って、ようやく気づくという間抜けぶり。
早速、駅の窓口で届けを出して、電車の停車駅などに問い合わせてもらったのですが、その場では判明せず、帰宅後亀岡駅から見つかったという連絡がありました。
結局保管されているのは電車の終着駅だったので、すぐに取りに行くこともできず、着払いで送ってもらうことにいたしました。
今日には発送してくれたことでしょうから、早くとも届くのは明日。もう一日は不自由な思いをしなければいけません。
普段は、そんなに電話やメールが頻繁に届くことはないのですが、持っていないときに限って、もし緊急の連絡が入っていたら、、、と気が気ではありません。すっかりこの便利な生活に慣らされてしまったようです。
あと一日、この生活に耐えられるでしょうか。
昨日は、気温もぐんぐん上がったうえに、湿度も相当高かったようで、かなり疲れ果て、埠頭や田辺城公園で販売されている生ビールを恨めしげに眺めながら、お茶とお水で耐えておりました。
そして、夕方には無事船を送り出し、その帰りの電車の中で、やっと手にしたビールが効いたせいか、電車を乗り換える際、車内にスマートフォンを忘れてしまいました。
といっても、気がついたのは亀岡駅で降りて、さてメールでもと思いポケットや鞄の中を探って、ようやく気づくという間抜けぶり。
早速、駅の窓口で届けを出して、電車の停車駅などに問い合わせてもらったのですが、その場では判明せず、帰宅後亀岡駅から見つかったという連絡がありました。
結局保管されているのは電車の終着駅だったので、すぐに取りに行くこともできず、着払いで送ってもらうことにいたしました。
今日には発送してくれたことでしょうから、早くとも届くのは明日。もう一日は不自由な思いをしなければいけません。
普段は、そんなに電話やメールが頻繁に届くことはないのですが、持っていないときに限って、もし緊急の連絡が入っていたら、、、と気が気ではありません。すっかりこの便利な生活に慣らされてしまったようです。
あと一日、この生活に耐えられるでしょうか。
2014年5月18日日曜日
集団的自衛権
安倍内閣が誕生して保護1年半が過ぎ、かねてから大きなテーマであった憲法改正に向けた大きなうねりが生まれようとしています。
そんな中で、先ごろ首相が集団的自衛権の行使について、政府解釈を改めるという、飛び道具を出してまいりました。心情的には、これほどの暴挙はとても認めたくないところですが、しかし冷静に見てみると、何とも巧妙な手法を執ったものと感心してしまいます。
謂うまでもなく、憲法を改正しようとすると、とてつもなく大変な手続きを執らなくてはならず(実は改正に必要な手続きを定める法律も整備されていない。)、とても長い道のりが必要です。
しかしながら、憲法の解釈を変更するというのは、何ら手続きが必要なわけでもなく、単なる政府(この場合は内閣でしょうか)内で確認するだけですんでしまいます。
そして、国民はその是非について、何ら申し立てをすることができないのです。
日本国憲法では、裁判所に“違憲立法審査権”を認めていますが、現在の法理では、具体的な権利侵害が発生しないと、裁判所にその訴えを起こすこともできません。
そして、今回の解釈変更によって具体的権利侵害が発生している状況とは、つまり他国と交戦状態に入っている状態を指していると考えられます。
すなわち、そこでは憲法違反だなんだとは言っていられない状況にあると謂うことです。
今回の、政府解釈変更という荒技を考えた人は相当の策士ではないかと考える由縁はここにあります。
ただ、おそらくは自分たちは絶対に戦地に赴くことはないと安心していられるが故に考えられたことなのでしょう。実際に銃を持って戦わなければいけない者たちは、どう考えているのか。その人達の考えを問うてみたい。
2014年5月15日木曜日
修学旅行
今日は5月15日、京都市内は葵祭の一日でした。
気がつけば、何と1ヶ月にわたって更新をサボっており、何名かの方々から、心配するメールを頂戴いたしており、どうも申し訳ありませんでした。
全くもって健康そのもので、単に忙しさに紛れてサボっていただけですので、また暇を見つけて書かせて頂こうかと思っています。
さて、ここ数日、京都市内には全国からたくさんの修学旅行生が訪れておられ、いろいろな制服を着た生徒さんが、市内の各地にあふれております。
最近は、班ごとに市バスの一日乗車券を持って行動されるパターンがほとんどで、昔のように団体バスであちらこちらに乗り付けるという姿はなかなか見かけなくなってきました。
我々の基準からいうと巨大な都市ですが、周りを山に囲まれた京都という街は、こうやって移動するにはほどよい大きさのようですね。
ところで、実は我が家の中三の娘も、昨日から東京方面へ修学旅行に行っております。
お楽しみの第一はねずみの王国で、あとは“そらまち”と“ジブリ美術館”もコースに入っているようです。
2泊3日の予定なので、帰宅は明日の予定ですが、きっと疲れ果てて帰ってくることでしょう。
思えば、我々の中学校の修学旅行は、広島と山口でしたが、今となってはほとんど記憶に残っていません。姫路城までバスで行って、そこから新幹線に乗り換え、広島、宮島で一泊し、錦帯橋、秋芳洞で下関で一泊、その後は一日周辺で過ごして、夕方の新幹線で帰ってきたはずなのですが、記憶は全くありません。
でも、それぞれの場所には、大人になってからまた行く機会がありましたが、そのたびに何となく懐かしく思いながら、時間を過ごしたものでした。
今、京都へ来てくれる生徒さん達も、また大人になったときに思い出しながら来てくれると、きっと楽しいことでしょう。
2014年4月14日月曜日
TOEIC結果
しばらく投稿していないなぁと思っていたら、なんと12日ぶり。ちょいとブランクが空きすぎてしまいました。
そうこうしている間に、京都市内の桜も盛りを過ぎ、今度はツツジの街路樹が花をつけ始めています。
さて、今日帰ってポストを覗いてみると、先月受験したTOEICの採点結果が届いていていました。
ドキドキしながら開封すると、スコアは660点、ヒアリングが315、リーでイングが345という何とも中途半端な結果でした。
今回の受験では、事前の準備も全くせず、まさにぶっつけ本番で試験に臨んだのですが、まぁそれにしては上出来かなと自己分析しています。
さて、そこで今回は3月の受験でしたので、今後は少し試験対策もやった上で、半年以内に次の試験を受けようと考えています。とりあえず現在の客観的なスコアがわかったわけですから、次の目標もできました。
次回は100点プラスの760点を目標にいたします。特にリスニングの点数があまりに低かったので、こちらを少し重点的に磨いていこうと思います。
次の結果もしっかりご報告させて頂きますので、乞うご期待(?)
そうこうしている間に、京都市内の桜も盛りを過ぎ、今度はツツジの街路樹が花をつけ始めています。
さて、今日帰ってポストを覗いてみると、先月受験したTOEICの採点結果が届いていていました。
ドキドキしながら開封すると、スコアは660点、ヒアリングが315、リーでイングが345という何とも中途半端な結果でした。
今回の受験では、事前の準備も全くせず、まさにぶっつけ本番で試験に臨んだのですが、まぁそれにしては上出来かなと自己分析しています。
さて、そこで今回は3月の受験でしたので、今後は少し試験対策もやった上で、半年以内に次の試験を受けようと考えています。とりあえず現在の客観的なスコアがわかったわけですから、次の目標もできました。
次回は100点プラスの760点を目標にいたします。特にリスニングの点数があまりに低かったので、こちらを少し重点的に磨いていこうと思います。
次の結果もしっかりご報告させて頂きますので、乞うご期待(?)
2014年4月2日水曜日
祝龍谷大平安
今日、甲子園球場で行われた選抜高校野球大会で、京都代表の龍谷大平安が38回目の出場にして初の栄冠に輝きました。
京都府代表が、甲子園で優勝したのは、1956年夏の平安高校以来ですから、何と58年ぶりの快挙となります。
その後は、1981年夏京都商業、1997年夏平安、1998年夏京都成章、2005年夏京都外大西がそれぞれ決勝戦へ駒を進めましたが、すんでの所で涙を呑んでいます。
龍谷大平安は、昨秋の近畿大会を制した上での選抜出場ということで、大会前の予想でもかなり期待はされており、準々決勝こそ接戦となりましたが、それ以外はほぼ万全の闘いで、頂点を極めました。
大会が終わって、全ての学校がこれから夏の大会へ向けてスタートを切っているわけですが、この大会では、同校のほかに福知山成美もベスト8まで駒を進めたということもあり、京都の高校野球ファンにとっては、さらに楽しみが増えました。
私の飲み友達(といっても、ものすごい先輩)に平安高校野球部OBの方がおられて、大会前はそわそわしておられました。きっと今頃は大喜びで、感涙にむせんでおられることと思います。
選手はもちろん同校の関係者の皆さん、本当におめでとうございました。
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