2009年12月15日火曜日

小浜藩邸跡

2009年12月14日月曜日

天皇の政治利用

先日来、今日から訪日する習近平中華人民共和国副主席と天皇との会見を巡っての、鳩山内閣の「ルール破り」に関して、非難の声が上がり、挙げ句の果てに、宮内庁の長官がマスコミに対して不満をぶちまけるという考えられない事態となっている。
さらに、野党となった自民党からも鬼の首を取ったように鳩山内閣を攻撃する声が上がっているが、「政治利用するな」と言いながら政治責任を追及しようという姿勢には「?」をつけざるを得ない。

私自身は、次期国家主席への就任が確実といわれる習氏の初来日されるに関わらず、天皇との会見が行われないというほうが奇妙と言わざるを得ず、結果的に会見が設定されたことは高く評価したいと思う。
さらに、「1カ月ルール」については、「天皇の健康」という側面からすれば最大限尊重されるべきではあるが、たとえ直近の調整であってたとしても、体調や日程に問題がなければ構わないではないか、というのが自然な感覚ではなかろうか。
今回は、「1カ月ルール」というまさに「しゃくし定規」なルールのみを持ち出して、門前払いを食らわせた宮内庁は、それが仕事なのだろうけど、重ねて内閣からの要請があった時点で、考えを改めるべきであって、その結果についてぐずぐずと不満をぶちまけるというやり方はフェアではない。
もっと、違う議論があってしかるべきなのではないか。と思うのは私だけではないようで、週末の各紙には識者の皆さんのコメントが載っていた中で、唯一私が「なるほど」と思った、日本経済新聞(12月13日)の記事から「御厨貴;東京大学教授」の次のコメントを紹介したいと思います。

御厨貴;東京大学教授
友好親善のための天皇陛下の外国訪問や頻繁な外国要人との会見がすでに政治分野に入っているとも言え、「天皇の政治利用」とも考えられる。そうした状況がある以上、今回のケースの当事国が中国とはいえ「天皇の政治利用」を持ち出すのは論点がずれていると感じる。
「1カ月ルール」を前提とした主張が押し切られた段階で、宮内庁の羽毛田長官は何も言うべきではなかった。すべて政治が悪いとする手法には官僚の無責任を感じる。
「ルールはしゃくし定規」との理屈を前面に押し出し、会見を実現させた民主党政権側も、天皇陛下と外国要人との会見はどうあるべきかという本質から逃げたと言える。今回の議論を契機にいま一度、皇室のあり方を広く検討しようという気運が高まればいい。

犬も歩けば

京都の街中を歩いていると、あちらこちらに「○○○跡」といった碑を見かけますが、京都特有でおもしろいのは、それらがあらゆる時代に渡っていることです。

皆さんご承知のとおり、京都が歴史の中心舞台になったのは、平安遷都から鎌倉幕府開府まで、室町幕府開府から江戸幕府開府まで、そして江戸幕府の幕末からの数年間で、前後およそ1000年以上の長きにわたっています。

もちろん、それらすべての場所が確定されているわけではなく、いわゆる平安時代の建物(大内裏を含む)は応仁の乱(いわゆる「この前の戦争」ですね)までにほとんどが灰燼に帰し、その遺構が定かでないものも多くあります。

そういった、碑を手がかりに街を歩くのも結構おもしろいものです。

たとえば、来年の大河ドラマは坂本龍馬だそうで、再び幕末ブームが訪れるようですが、かの長州藩京都藩屋敷跡には現在大きなホテルが建っておりますし、新撰組で名高い「旅籠池田屋」跡は、長い間パチンコ屋でしたが、今は同名をいただく居酒屋になっております。
かくいう、京都府庁もその昔江戸幕府の「京都守護職」が置かれていたところで、時を越えて同じような機能を持った機関が置かれていることが分かります。

最近は、現在の地図に過去の歴史上の舞台をプロットした地図も販売されており、こういった街歩きの手助けをしてくれます。
しかしながら、こういった手助けがなくぶらぶら歩いている途中で思わぬ発見があることも楽しいものです。

討ち入り

今日は、赤穂浪士の討ち入りの日。2009年、平成21年も12月の半ばとなり、まもなく終わろうとしています。

例年になく、今年の冬は寒さもさほど厳しくなく、北国のスキー場では雪不足のためほとんど営業できない状態が続いているとも聞いています。
ただこういった、ニュースを聞くとすぐに「地球温暖化」に結びつけて話をされる嫌いがありますが、必ずしも科学的な根拠があるわけではないので、感情的にならないよう注意が必要だと思います。

ところで、この時期になると、はてさて今年は一体どういう年だったろうかと振り返ってみるものですが、アメリカで初の黒人大統領が就任したり、国内では選挙による政権交代が起きるなど、新たなスタートを切ったという気分が高まったせいか、恒例の今年の漢字には「新」の文字が選ばれました。一方、懸念されたとおり世界経済にはいっこうに回復の兆しが見られないなど、将来への不安は相変わらずです。

私自身で言いますと、年の最後に「虫垂炎」で入院するなど、波乱の納めとなりました(今後半月は何も起こらないことを想定しております)が、それ以外は可もなく不可もなくといったところであったように思います。

残りの半月で、今年の始めにたてた目標を思い出しつつ今年一年を振り返ってみたいと思います。

京都西町奉行所跡

京都、JR二条駅前の中京中学校の辺りにあったようです。
二条城のすぐ西側になります。



この付近(周辺地図)

2009年12月13日日曜日

書籍販売額

今日の新聞によると、年間の書籍販売額が年を追うごとに減少し、今年は2兆円を割り込むことが確実だそうである。
雑誌の休刊も相次いでいるようで、全く持って寂しい限りである。

活字離れが言われるようになって久しいが、今やそれ以上にインターネットによる情報が氾濫し、現在発行されている書籍でも、インターネットに掲載された文章をまとめたものが結構多い。あるいは、ケータイの画面から、というものさえ存在する。

出版という仕事は、国民に文化を伝えるとこを本旨としているのであるから、その媒体が紙であれバーチャルな画面上であれ、かまわないとは思うものの、やはりごろりと横になって、ページをめくる楽しみは何ものにも代え難いと思うのだが。

2009年12月10日木曜日

今日は何の日

今日、12月10日は何の日か。
今から41年前の1968年12月10日は、世に言う「3億円事件」があった日だそうです。当時、私も幼うございましたが、それでも世間を大いに騒がす大事件であったことを記憶しています。

誰も傷つけずに、あっという間に現金だけを奪っていった手際の鮮やかさに、ある種のヒーローとして取り上げられておりました。

それから7年後1975年には、刑事事件の時効が成立するというので、再び大ブームとなり、時効成立後、名乗り出て手記を書いてくれれば、高額の原稿料を支払いたいと申し出た出版社もあったように記憶しています。

40数年たつと、3億円の価値も大きく下がってしまい、その価値は10分の1以下とも言われています。

それにしても、あの3億円どこへ行ってしまったのでしょうか。

2009年12月9日水曜日

久しぶりの職場では

本日、久しぶりに職場へ行って参りました。
10日ぶりの職場は寒くて寒くてビックリです。

何年か前から省エネルギー対策で、職場の冷暖房の出力が押さえられている関係です。
比較的、夏の暑さは気にならないのですが(ただし湿気はだめ)、寒さにはことのほか弱くできております。
以前は、使い捨てカイロを必ず携行していたものですが、10日ほど留守にしていた間に今年もまたそんな季節になったようです。

2009年12月8日火曜日

長かった、、、ス

今日、ようやく手術後の抜糸をしてもらい、今夜からゆっくりと湯船につかってさっぱりいたしました。ようやく明日から仕事に行くことができます。なんと10日ぶりの出勤であります。この間職場の皆さんにはたいそうご迷惑をかけてしまい、大変心苦しく思っております。

この間は、終日、寝て、食って、読んで、寝てという生活を繰り返しておりましたが、明日から時間通りにすっきり目が覚めるかどうか大いに不安であります。

これから、年末に向けて仕事も忙しくなってくることでしょうが、できれば徐々に慣らしながらスタートさせたいと思っています。

それにしても、、長かったス

2009年12月3日木曜日

自宅安静中

先週末の緊急入院、手術と慌ただしい日が過ぎ、今週に入ると一転して退院、自宅療養と非常にのんびりした日を過ごしております。例によって、暇に任せて溜まりに溜まった本達をせっせと読みふけっておりますが、なかなかこれが減りません。我がごとながら呆れるばかりです。

今回の入院中は、先日知り合いから大量に頂いた『澤田ふじ子』女史の小説を読み漁っております。江戸時代の京都を舞台にした小説が多く、読みながら、「あぁあの辺り、、、」などと考えながら読んでおります。

特に、毎朝二条駅から職場へ通う道の周辺には、京都西町奉行所跡や二条城があり、通う先の京都府庁は京都守護職が置かれていたところです。いわばかつての官庁街を通り抜けているわけです。

まぁ、本を読みながらもそんなことを考えているのですが、それにしても何もしない毎日というのは、本当に長い。私はほとんどテレビと言う物を見ないので、本を読む以外に時間をつぶす方法がないので、結構大変でございます。

医者の見立てではあと5日。どうやって過ごしましょうか。。。